第十五話「伯爵との、最後に近い会話」
十三歳の秋、士官学校への入学が、正式に決まった。
伯爵は、その夜、マティアスを書斎に呼んだ。
書斎には、暖炉の火だけがあった。
「来月、士官学校へ発つ」
「聞いている」
「不安は」
「ない」
伯爵は、少し笑った。
「昔から、変わらんな」
「そうか」
伯爵は、しばらく、暖炉の火を見ていた。
「マティアス」
「なんだ」
「お前に、まだ話していないことがある」
マティアスは、少し身構えた。
以前、約束された言葉を、思い出した。
「お前の母は、楯の国の元・妃殿下だ」
マティアスは、動かなかった。
「父は、分からない。楯の国の王か、あるいは、別の国の王か」
「別の国とは」
「今は、それ以上は言わない。お前が、いずれ自分で知る日が来る」
マティアスは、しばらく黙っていた。
それから、静かに聞いた。
「母は、今、どこにいる」
伯爵は、首を振った。
「知らない。追放された後、消息を絶った」
「探そうとは」
「した。見つからなかった」
マティアスは、それ以上、何も聞かなかった。
聞いても、答えが増えないことを、分かっていた。
「なぜ、今、話す」
「お前が、これから、狙われ続ける理由を、知っておくべきだからだ。知らないままでは、守れないものがある」
マティアスは、頷いた。
「一つ、聞いていいか」
「聞け」
「なぜ、私を、引き取った」
伯爵は、しばらく答えなかった。
「頼まれたからだ」
「誰に」
「それは、言えない」
マティアスは、それ以上、聞かなかった。
「もう一つ」
「なんだ」
「後悔しているか」
伯爵は、初めて、はっきりと笑った。
「一度もない」
マティアスは、その言葉を、覚えておくことにした。
つづく




