第十三話「初めて泣いた夜」
十三歳の初め、フェリクスが、稽古中に倒れた。
心の臓の発作だった。
すぐに医者が呼ばれたが、意識は戻らなかった。
三日後、フェリクスは亡くなった。
マティアスは、その報せを、書斎で聞いた。
執事が、静かに伝えた。
「フェリクス様が、先ほど、お亡くなりになりました」
マティアスは、何も言わなかった。
表情も、変わらなかった。
執事は、少し心配そうな顔をしたが、それ以上は何も言わず、部屋を出て行った。
その夜、マティアスは一人で、稽古場に行った。
誰もいなかった。
木剣が、壁に立てかけられていた。
マティアスは、それを手に取った。
素振りを、一つした。
二つ、した。
三つ目で、手が止まった。
涙が、出た。
理由は、自分でも分からなかった。
悲しい、という感情が、こんな形で出てくることを、それまで知らなかった。
声は、出さなかった。
出し方が、分からなかった。
ただ、涙だけが、静かに流れた。
グレーテが、稽古場の入り口で、それを見ていた。
声をかけなかった。
ただ、遠くから、見ていた。
やがて、マティアスは涙を拭い、木剣を戻し、稽古場を出た。
グレーテとすれ違う時、マティアスは何も言わなかった。
グレーテも、何も言わなかった。
ただ、小さく頭を下げた。
マティアスは、それに気づかない振りをした。
気づいていたことを、グレーテは知っていた。
つづく




