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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十一章 乳母と、クロイツァー伯と、旅立ちの日

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第八話「乳母の休暇」


十歳の夏、グレーテが、初めて長期の休暇を取った。

実家の母が病に伏せった、という報せが届いたためだった。

「一月ほど、留守にいたします」

「そうか」

「代わりの者を、伯爵様が手配してくださいます」

「分かった」

マティアスは、あっさりと頷いた。

グレーテは、少し複雑な気持ちになった。

もっと寂しがってくれてもいいのに、と、心のどこかで思った。


グレーテが屋敷を出る朝、マティアスは玄関先まで見送りに来た。

「母上の具合が、良くなるといい」

グレーテは、少し驚いた。

マティアスが、こういう言葉を自分から口にすることは、珍しかった。

「ありがとうございます、マティアス様」

「……行ってこい」

「はい」

グレーテは、馬車に乗り込んだ。

窓から、マティアスを見た。

玄関先に立ったまま、動かなかった。

手を振ることも、しなかった。

それでも、馬車が見えなくなるまで、そこに立っていた。


一月後、グレーテが戻った時、マティアスは変わらず、玄関先で待っていた。

「戻りました、マティアス様」

「……そうか」

「母は、快復いたしました」

「よかった」

それだけだった。

それでも、グレーテには分かった。

この一月の間、マティアスが毎日、この時間にここへ来ていたことを、他の使用人から聞いていた。

「誰も呼んでいないのに、玄関先に立っておられました」と、女中の一人が言った。

グレーテは、それを聞いて、少し泣いた。

マティアスの前では、泣かなかった。


つづく


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