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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十一章 乳母と、クロイツァー伯と、旅立ちの日

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第六話「密偵と、庭師の目」


八歳の春、屋敷の庭に、見慣れない男が現れた。

行商人を装っていたが、庭師のヨーゼフは、すぐに何かがおかしいと気づいた。

その男は、商品を売るふりをしながら、屋敷の使用人たちに、さりげなく質問を重ねていた。

「こちらのお屋敷には、ご子息がいらっしゃるとか」

「ええ、まあ」

「歳の頃は」

「さあ、存じませんね」

使用人たちは、事前に言い含められていた通り、はぐらかした。

それでも、男は諦めなかった。


その日の午後、マティアスは庭で、一人で本を読んでいた。

男が、近づいてきた。

「坊ちゃん」

マティアスは顔を上げた。

「あなたは」

「行商人です。お屋敷の庭は、見事ですね」

「そうか」

「坊ちゃんは、こちらのお屋敷の方で」

「そうだ」

「お名前を、伺っても」

マティアスは、少し間を置いた。

何かが、おかしいと感じた。

理由は、はっきりしなかった。

ただ、この男の目つきが、以前、屋敷に来た客の目つきと、似ていた。


「マティアスだ」

「マティアス様。ご家族は」

「伯爵が、家族だ」

「他には」

「いない」

男は、少し笑った。

「お母上は」

マティアスは、答えなかった。

その代わりに、立ち上がった。

「屋敷に戻る」

「まだお話が」

「戻る」


マティアスは、屋敷に戻り、執事に伝えた。

「庭に、見知らぬ男がいる。行商人のふりをして、質問をしてくる」

執事は、すぐに人を集めた。

男は、既に立ち去った後だった。

だが、その日から、屋敷の警備は目に見えて厳しくなった。


伯爵は、マティアスを呼んだ。

「男に、何を話した」

「名前だけだ」

「それだけか」

「それだけだ」

伯爵は、少し安堵した顔をした。

「よく、気づいたな」

「目が、似ていた」

「誰に」

「前に来た客に」

伯爵は、しばらくマティアスを見た。

「……覚えていたのか」

「覚えていた」

八歳のマティアスは、その時初めて、自分が何かの「対象」であることを、はっきりと自覚した。

理由は、まだ分からなかった。

だが、狙われている、という事実だけは、疑いようがなかった。


つづく


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