第五話「地下の書庫と、古い紋章」
七歳の冬、マティアスは屋敷の地下にある古い書庫を、初めて見つけた。
普段は使われていない部屋だった。
埃をかぶった本棚と、古い調度品が並んでいた。
マティアスは、ただの好奇心で、その扉を開けた。
棚の奥に、一枚の紋章が飾られていた。
見慣れない紋章だった。
クロイツァー家の紋章とは、違っていた。
マティアスは、しばらくそれを見ていた。
「何をしている」
背後から声がした。
執事だった。
「これは、何だ」
執事は、少し表情を硬くした。
「古い、飾り物です」
「何の紋章だ」
執事は、答えなかった。
「見てはいけないものか」
「……マティアス様。ここは、立ち入り禁止の部屋です」
「知らなかった」
「今、知りました。次からは、お気をつけください」
マティアスは、もう一度、紋章を見た。
それから、部屋を出た。
その夜、伯爵に呼ばれた。
「地下の書庫に、入ったそうだな」
「ああ」
「あそこは、立ち入り禁止だ」
「知らなかった」
「今、知っただろう」
「知った」
伯爵は、しばらくマティアスを見た。
「あそこにあったものについて、誰にも話すな」
マティアスは、少し考えた。
「あれは、何の紋章だ」
「知らなくていい」
「なぜ」
伯爵は、答えなかった。
マティアスは、それ以上、聞かなかった。
七歳のマティアスにとって、これは初めての経験だった。
問いに答えが返ってこないことが、こんなにも、はっきりとした形で示されたのは。
それでも、聞き続けなかった。
聞いても無駄だと、すでに感じ取っていたからだった。
その紋章が、楯の国の王家のものとも、礎の国の王家のものとも、少しずつ違う、しかしどちらにも似た、古い意匠だったことに、マティアスが気づくのは、ずっと後のことになる。
つづく




