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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十一章 乳母と、クロイツァー伯と、旅立ちの日

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第五話「地下の書庫と、古い紋章」


七歳の冬、マティアスは屋敷の地下にある古い書庫を、初めて見つけた。

普段は使われていない部屋だった。

埃をかぶった本棚と、古い調度品が並んでいた。

マティアスは、ただの好奇心で、その扉を開けた。


棚の奥に、一枚の紋章が飾られていた。

見慣れない紋章だった。

クロイツァー家の紋章とは、違っていた。

マティアスは、しばらくそれを見ていた。


「何をしている」

背後から声がした。

執事だった。

「これは、何だ」

執事は、少し表情を硬くした。

「古い、飾り物です」

「何の紋章だ」

執事は、答えなかった。

「見てはいけないものか」

「……マティアス様。ここは、立ち入り禁止の部屋です」

「知らなかった」

「今、知りました。次からは、お気をつけください」

マティアスは、もう一度、紋章を見た。

それから、部屋を出た。


その夜、伯爵に呼ばれた。

「地下の書庫に、入ったそうだな」

「ああ」

「あそこは、立ち入り禁止だ」

「知らなかった」

「今、知っただろう」

「知った」

伯爵は、しばらくマティアスを見た。

「あそこにあったものについて、誰にも話すな」

マティアスは、少し考えた。

「あれは、何の紋章だ」

「知らなくていい」

「なぜ」

伯爵は、答えなかった。

マティアスは、それ以上、聞かなかった。

七歳のマティアスにとって、これは初めての経験だった。

問いに答えが返ってこないことが、こんなにも、はっきりとした形で示されたのは。

それでも、聞き続けなかった。

聞いても無駄だと、すでに感じ取っていたからだった。


その紋章が、楯の国の王家のものとも、礎の国の王家のものとも、少しずつ違う、しかしどちらにも似た、古い意匠だったことに、マティアスが気づくのは、ずっと後のことになる。


つづく


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