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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十一章 乳母と、クロイツァー伯と、旅立ちの日

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第四話「泣かない子」


六歳のある日、マティアスは馬から落ちた。

乗馬の練習中だった。

教師が目を離した一瞬に、馬が驚いて跳ね、マティアスは地面に投げ出された。

腕を強く打った。

教師が慌てて駆け寄った時、マティアスは、地面に座ったまま、腕を見ていた。

「マティアス様、大丈夫ですか」

「……大丈夫だ」

「痛みますか」

「少し」

教師は、腕を確認した。

骨には異常がなかったが、大きな青あざができていた。

「痛いなら、痛いと、おっしゃってください」

マティアスは、少し不思議そうな顔をした。

「言った」

「もっと、大きな声で。泣いてもいいのですよ」

マティアスは、その言葉の意味が、よく分からないようだった。

「泣くと、何か変わるのか」

教師は、答えに詰まった。

六歳の子供が言う言葉としては、あまりにも実務的だった。


その日の晩、教師は伯爵に報告した。

「落馬されました。大事はありませんが」

「そうか」

「マティアス様は、痛がる様子を、あまりお見せになりません」

伯爵は、少し間を置いた。

「昔から、そうだ」

「幼い頃から、ですか」

「泣くところを、あまり見た記憶がない」

教師は、少し戸惑った顔をした。

「それは、良いことなのでしょうか」

伯爵は、答えなかった。

窓の外を見た。

庭の木が、風に揺れていた。

「様子を見よう」とだけ言った。


グレーテは、この会話を後で伝え聞いた時、あの五歳の夜のことを思い出した。

諦めるのが早い子供。

痛みを表に出さない子供。

それが、成長と共に、当たり前のことになっていった。


つづく


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