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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十一章 乳母と、クロイツァー伯と、旅立ちの日

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第二話「客人と、閉じられた扉」


赤子が一歳になる頃、屋敷に客が来た。

グレーテは、その日のことをよく覚えている。

普段、屋敷に客は少なかった。

伯爵は社交を好まなかった。

夜会にも、必要最低限しか出なかった。

だから、見知らぬ馬車が正門をくぐってきた時、使用人たちは皆、少し緊張した。


客は、王都から来た、と名乗った。

身なりの良い男だった。

言葉遣いは丁寧だったが、目つきに何か、探るようなものがあった。

グレーテは、赤子と共に、二階の部屋にいるよう言いつけられた。

「何があっても、下りてくるな」

執事が、そう言った。

いつもの執事とは、違う声だった。


グレーテは、赤子を抱いたまま、窓の下を見た。

玄関先で、伯爵と客が話していた。

声は聞こえなかった。

ただ、伯爵の背中が、いつもより硬く見えた。


話は、一刻ほど続いた。

やがて客は、馬車に乗り、帰っていった。

伯爵は、しばらく玄関先に立ったまま、動かなかった。


その夜、グレーテは伯爵に呼ばれた。

「今日の客のことは、誰にも話すな」

「はい」

「お前だけではない。屋敷の者、全員だ。すでに言い聞かせてある」

「畏まりました」

伯爵は、赤子を見た。

眠っていた。

「この子が何か聞いても、答えなくていい」

「何を、聞かれるのでしょうか」

伯爵は、少し間を置いた。

「いずれ聞くだろう。母のこと、父のこと」

グレーテは、何も言わなかった。

「その時が来たら、私が話す。お前は、何も話すな」

「畏まりました」


グレーテは、それから数年、その約束を守った。

守りながら、時々、思った。

この子は、いったい、何者なのだろう。

考えても、答えは出なかった。

出ないことに、慣れていった。


つづく


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