第二話「客人と、閉じられた扉」
赤子が一歳になる頃、屋敷に客が来た。
グレーテは、その日のことをよく覚えている。
普段、屋敷に客は少なかった。
伯爵は社交を好まなかった。
夜会にも、必要最低限しか出なかった。
だから、見知らぬ馬車が正門をくぐってきた時、使用人たちは皆、少し緊張した。
客は、王都から来た、と名乗った。
身なりの良い男だった。
言葉遣いは丁寧だったが、目つきに何か、探るようなものがあった。
グレーテは、赤子と共に、二階の部屋にいるよう言いつけられた。
「何があっても、下りてくるな」
執事が、そう言った。
いつもの執事とは、違う声だった。
グレーテは、赤子を抱いたまま、窓の下を見た。
玄関先で、伯爵と客が話していた。
声は聞こえなかった。
ただ、伯爵の背中が、いつもより硬く見えた。
話は、一刻ほど続いた。
やがて客は、馬車に乗り、帰っていった。
伯爵は、しばらく玄関先に立ったまま、動かなかった。
その夜、グレーテは伯爵に呼ばれた。
「今日の客のことは、誰にも話すな」
「はい」
「お前だけではない。屋敷の者、全員だ。すでに言い聞かせてある」
「畏まりました」
伯爵は、赤子を見た。
眠っていた。
「この子が何か聞いても、答えなくていい」
「何を、聞かれるのでしょうか」
伯爵は、少し間を置いた。
「いずれ聞くだろう。母のこと、父のこと」
グレーテは、何も言わなかった。
「その時が来たら、私が話す。お前は、何も話すな」
「畏まりました」
グレーテは、それから数年、その約束を守った。
守りながら、時々、思った。
この子は、いったい、何者なのだろう。
考えても、答えは出なかった。
出ないことに、慣れていった。
つづく




