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第八話「朝と、種と、記録されなかった名」
旅支度を終える頃、女は、家の裏手に回った。
戻ってきた時、小さな布袋を持っていた。
「これを」
「これは」
「種です。白い花の」
カイルの父は、袋を受け取った。
軽かった。
中で、種が、こつこつと音を立てた。
「名も知らない花なのですが」と女は言った。「よく咲きます。土を選びません」
「育ててみます」
「ありがとうございます」
馬に乗る前に、カイルの父は、もう一度、女を見た。
「お名前を、記録に残さねばならないのですが」
女は、少し間を置いた。
それから、静かに首を振った。
「記録には、残さないでください」
「しかし」
「お願いします」
その声に、それ以上の問いを許さない何かがあった。
カイルの父は、頷いた。
「分かりました。空欄にしておきます」
女は、小さく頭を下げた。
カイルの父は、馬に乗った。
手綱を握る手に、力が入った。
「あの」
「はい」
「昨夜のことは」
女は、カイルの父を見た。
何も言わなかった。
ただ、目だけで、何かを伝えていた。
頼んでいるようにも、試しているようにも見えた。
「何も、見ませんでした」とカイルの父は言った。
それが、二度目の同じ言葉だった。
一度目より、重かった。
女は、深く、頭を下げた。
「ありがとうございます」
つづく




