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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十章 カイルの父と、謎の女と、その子供たち

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第八話「朝と、種と、記録されなかった名」


旅支度を終える頃、女は、家の裏手に回った。

戻ってきた時、小さな布袋を持っていた。


「これを」

「これは」

「種です。白い花の」

カイルの父は、袋を受け取った。

軽かった。

中で、種が、こつこつと音を立てた。


「名も知らない花なのですが」と女は言った。「よく咲きます。土を選びません」

「育ててみます」

「ありがとうございます」


馬に乗る前に、カイルの父は、もう一度、女を見た。

「お名前を、記録に残さねばならないのですが」

女は、少し間を置いた。

それから、静かに首を振った。

「記録には、残さないでください」

「しかし」

「お願いします」


その声に、それ以上の問いを許さない何かがあった。

カイルの父は、頷いた。

「分かりました。空欄にしておきます」


女は、小さく頭を下げた。


カイルの父は、馬に乗った。

手綱を握る手に、力が入った。

「あの」

「はい」

「昨夜のことは」

女は、カイルの父を見た。

何も言わなかった。

ただ、目だけで、何かを伝えていた。

頼んでいるようにも、試しているようにも見えた。


「何も、見ませんでした」とカイルの父は言った。

それが、二度目の同じ言葉だった。

一度目より、重かった。


女は、深く、頭を下げた。

「ありがとうございます」


つづく


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