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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十章 カイルの父と、謎の女と、その子供たち

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第三話「女と、名乗らない夜」


戸を開けたのは、女だった。


旅装ではなかった。

そこに暮らしている者の格好だった。

だが、どこか、そぐわない気配があった。

言葉遣いか、立ち居振る舞いか。

うまく言えなかったが、村の女とは、何かが違った。


「一晩、泊めていただきたい」とカイルの父は言った。「道に迷った」

女は、しばらく、カイルの父を見ていた。

それから、静かに言った。

「どうぞ」


家の中は、質素だった。

質素だったが、荒れてはいなかった。

隅に、小さな揺り籠があった。

中に、赤子が眠っていた。


「お子さんですか」

「ええ」

「お一人で」

女は、少し間を置いた。

「今は」

それ以上は言わなかった。

カイルの父も、それ以上は聞かなかった。


夕食が出た。

質素だが、丁寧な食事だった。

「お名前を、伺っても」とカイルの父は言った。

女は、また少し間を置いた。

「……今は、名乗るものを、持っていません」

妙な答えだった。

だが、それ以上は追及しなかった。

追及しない方がいい気配が、その家には満ちていた。


食事の後、女は、赤子をあやしていた。

低い声で、何かを歌っていた。

言葉のない歌だった。

旋律だけの、静かな歌だった。


カイルの父は、その歌を聞いていた。

知らない歌だった。

だが、なぜか、どこかで聞いたことがある気がした。

理由は、分からなかった。


「良い歌ですね」

女は、歌うのをやめた。

カイルの父を見た。

少し驚いたような顔をしていた。

それから、静かに笑った。

「ありがとうございます」

「どこで覚えられたのですか」

女は、しばらく答えなかった。

それから、ごく短く言った。

「遠いところで」


それだけだった。

それ以上は、聞かなかった。


つづく


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