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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十章 カイルの父と、謎の女と、その子供たち

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第一話「庭の花と、古い記録」


秋だった。

カイルの父は、庭にいた。

白い花が、今年も咲いていた。

名前を知らない花だった。


種を土に入れてから、もう何年になるか。

数えようとして、やめた。

数えるより、見ている方がよかった。


書斎に戻った。

古い手記の束があった。

来訪者の名を記録する習慣は、父の代からのものだった。

几帳面に、日付と、名だけを記していく帳面だった。

理由も、目的も書かない。

ただ、名だけを残す。


その中の一冊を、開いた。

若い頃の、自分の字だった。

線が、今より細かった。


ある一行のところで、手が止まった。


  空欄


名の欄が、空いていた。

日付だけがあった。

隣に、小さく「女、旅装」とだけ書き添えてあった。


思い出そうとした。

思い出せる気がした。

思い出したくない気もした。


窓の外で、花が揺れていた。

風もないのに、揺れているように見えた。

気のせいだった。


カイルの父は、しばらく、その空欄を見ていた。

それから、帳面を閉じた。

閉じたが、手は、まだ表紙の上に置いたままだった。


「……もう、何年前だ」

誰もいない書斎で、そう呟いた。

答える者は、いなかった。


つづく


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