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第一話「庭の花と、古い記録」
秋だった。
カイルの父は、庭にいた。
白い花が、今年も咲いていた。
名前を知らない花だった。
種を土に入れてから、もう何年になるか。
数えようとして、やめた。
数えるより、見ている方がよかった。
書斎に戻った。
古い手記の束があった。
来訪者の名を記録する習慣は、父の代からのものだった。
几帳面に、日付と、名だけを記していく帳面だった。
理由も、目的も書かない。
ただ、名だけを残す。
その中の一冊を、開いた。
若い頃の、自分の字だった。
線が、今より細かった。
ある一行のところで、手が止まった。
空欄
名の欄が、空いていた。
日付だけがあった。
隣に、小さく「女、旅装」とだけ書き添えてあった。
思い出そうとした。
思い出せる気がした。
思い出したくない気もした。
窓の外で、花が揺れていた。
風もないのに、揺れているように見えた。
気のせいだった。
カイルの父は、しばらく、その空欄を見ていた。
それから、帳面を閉じた。
閉じたが、手は、まだ表紙の上に置いたままだった。
「……もう、何年前だ」
誰もいない書斎で、そう呟いた。
答える者は、いなかった。
つづく




