第二話「手紙と、もう一つの言葉」
夜会から、一月が経った。
王は、執務室にいた。
窓の外は、雪だった。
礎の国の冬は、長かった。
机の上に、一通の手紙があった。
差出人の名前は、なかった。
封蝋は、小さな鳥の形をしていた。
海鳥のような形だった。
礎の国に、海はなかった。
王は、封を切った。
殿下へ
夜会の夜、踊っていただき、ありがとうございました。
あの後、考えていました。
あの夜のことを、何度も。
一つ、お話ししたいことがあります。
歌のことです。
イレーネ
王は、その手紙を、二度読んだ。
返事を書いた。
イレーネ妃殿下へ
聞かせてほしい。
礎の国の王
追伸 この手紙は、誰に運ばせている。海鳥の封蝋を、礎の国で見たことがない。
返事は、三週間後だった。
殿下へ
運んでいるのは、商人です。
両国を行き来する、数少ない人間の一人です。
信頼できます。
それから——歌のことです。
私の祖母が、小さい頃に、歌を教えてくれました。
言葉のある歌でした。
祖母は、誰にも聞かせてはいけない、と言っていました。
理由を、聞きました。
昔、私の国に、王女がいました。
名前は、伝わっていません。
その王女は、礎の国の王子と、駆け落ちしようとしました。
うまくいきませんでした。
それ以来、その歌を、言葉とともに歌うことは、不吉だとされています。
祖母は、私だけに、言葉を教えてくれました。
私が、なぜこんな話をするのか——分かっていただけますか。
イレーネ
王は、その手紙を、長く見ていた。
窓の外で、雪が降っていた。
返事を書くのに、いつもより時間がかかった。
イレーネ妃殿下へ
分かる。
同じ話を、礎の国でも聞いたことがある。
歌のことは、聞いたことがなかった。
ただ、似た話があった。
踊りの最後に、誰も知らない旋律が混じることがある、と。
誰も、それを気にしていなかった。
言い伝えだと思っていた。
あなたの国にも、同じ話があるなら——
それは、言い伝えではないのかもしれない。
礎の国の王
返事は、また三週間後だった。
封蝋は、また海鳥だった。
殿下へ
その旋律のことを、聞いて、確信しました。
同じ歌です。
言葉は、私の国に。
旋律は、礎の国に。
半分ずつ、残っていたのかもしれません。
今、祖母から教わった言葉を、ここに書きます。
誰にも見せたことのない言葉です。
イレーネ
手紙の下の方に、文字が並んでいた。
礎の国の言葉でも、楯の国の言葉でもない、古い言葉だった。
王には、読めなかった。
ただ、文字の形を、見た。
王は、その手紙を、しばらく見ていた。
それから、引き出しを開けた。
中には、まだ、何も入っていなかった。
礎の国の王の引き出しには、何も入っていなかった。
誰も、そこに何かを入れる、ということを、したことがなかった。
王は、その手紙を、引き出しに入れた。
初めて、何かを入れた。
閉めた。
それから、便箋を出した。
イレーネ妃殿下へ
言葉を、受け取った。
読めなかった。
でも、見た。
旋律は、礎の国にある。
言葉は、楯の国にある。
半分ずつ、というあなたの言葉が、正しいのかもしれない。
一つ、聞きたい。
その歌を、もう一度、聞かせてもらえないか。
礎の国の王
追伸 手紙は、引き出しにしまった。礎の国の王の引き出しに、初めて何かが入った。
つづく




