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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第五章 春と、カイルの父と、庭に咲いていた花

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第二話「小川と、犬と、芽が出た畑」


三日かかった。

今年の馬は、確かに気が荒かった。

途中で一度、何もないところで急に止まった。

マティアスは少し待った。

馬が、また歩き出した。

「気が荒いだけで、悪い馬ではない」と厩番は言っていたが、その通りらしかった。

三日目の午後、小川が見えた。

春の川は、雪解け水で少し増えていた。

きらきらと光っていた。

北へ向かった。

一里。

二里。

村が見えた。

ルドルフが来た。

今年も、ルドルフが最初だった。

「ああ」とマティアスは言った。

ルドルフは尻尾を振った。

それから、もう一匹、子犬が来た。

まだ小さかった。

川の方からではなく、畑の方から来た。

マティアスはその犬を見た。

名前のない犬だった。

まだ、誰も呼んでいない犬だった。

エルザは畑にいた。

何かの種を植えていた。

マティアスが近づくと、振り返った。

笑った。

「来た」と言った。

「ああ」とマティアスは言った。

「今日着いたのね」

「そうだ」

「今年の馬、気が荒いって聞いてたわよ」

「そうだ」

「大丈夫だった?」

「一度止まった。それだけだ」

「それだけで済んだのね」

「そうだ」

マティアスは少し間を置いた。

「エルザ」

「なに」

「詫びなければならないことがある」

エルザが手を止めた。

「なに、改まって」

「今年、来られなかった」

「手紙で読んだわよ。捕まってたのと、港町にいたのと」

「分かっている。それでも、詫びる」

エルザは少し首をかしげた。

「なんで。あなたのせいじゃないでしょう」

「理由がどうであれ、来ると言ったことを、来なかった」

「捕まってたんだから仕方ないじゃない」

「仕方ないでは、済まないと思っている」

エルザはしばらくマティアスを見ていた。

「律儀すぎるわよ、それ」

「そうかもしれない」

「じゃあ、聞くけど」とエルザは言った。「来られるようになった時、真っ先にどうした?」

「馬を用意させた」

「捕まってた場所から出て、すぐに?」

「すぐにだ」

「港町からも?」

「船が着いた日のうちに、出た」

エルザは少し笑った。

「それで十分よ」

「十分ではない」

「なんで」

マティアスは少し考えた。

「今年は、一度も来られなかった。それは、初めてのことだ」

エルザは畑の土を見た。

それから、また顔を上げた。

「初めてだったから、余計に、律儀になってるのね」

「そうかもしれない」

「私は、待つのは平気よ。何年でも待てるって、前にも言ったでしょう」

「言ってくれた」

「でも」

「なんだ」

エルザは少し間を置いた。

「あなたが、無事だったことの方が、来られなかったことより、ずっと大事だったの」

マティアスは何も言わなかった。

「だから、謝らなくていい」とエルザは言った。「その代わり——」

「なんだ」

「来年は、ちゃんと三回来て」

「来る」

「約束よ」

「約束する」

エルザは笑った。

それから、少し声を落として言った。

「じゃあ、もう言える?」

マティアスは少し止まった。

何のことか、聞くまでもなかった。

「……もう少しだけ待ってくれ」

「なんで」

「今、詫び終えたばかりだ。言葉の準備が、まだできていない」

エルザはしばらくマティアスを見ていた。

それから、小さく笑った。

「知ってる」

「知っているのか」

「急がなくていいって、前に言ったでしょ」

「言った」

「今もそう思ってる」

エルザは畑を見た。

土の上に、小さな芽が二本、並んで出ていた。

「見て」

「芽か」

「フワンが植えたのよ。種を二粒」

「二粒」

「一粒はうちの畑から取った種。もう一粒は、フワンが遠くでもらってきた種」

マティアスは二本の芽を見た。

一本は少し大きかった。

もう一本は少し小さかった。

どちらも、春の光の中で、しっかり立っていた。

「並んでいるな」

「そうなのよ」とエルザは言った。「別々の場所から来た種が、同じ土に入って、並んで芽を出したの」

「そうか」

「なんか、いいなって思って」

マティアスは少し間を置いた。

「悪くない」

エルザが笑った。

「あなたも、なんかそういう感じよね」

「どういう感じだ」

「別のところから来て、ここに来て、並んでる感じ」

マティアスは少し考えた。

「そうかもしれない」

エルザはまた畑を見た。

名前のない犬が、エルザの足元に来た。

「この子、まだ名前がないのよ」

「そうか」

「フワンが考えてるんだけど、決まらないみたい」

「そうか」

「今度、一緒に決めてくれる?」

「ああ」

エルザが笑った。

「相変わらず即答ね」

「決めることに迷う理由がない」

「名前を決めることに?」

「お前が頼むことに」

エルザが少し止まった。

それから、笑った。

今年も、ただ笑った。

「相変わらずよね、そういうところ」

「そうかもしれない」


その夜、着いて最初の夜、シチューを三人で食べた。

フワンが、去年より少し背が高くなっていた。

「マティアスさん、馬、どうでしたか」

「どうとは」

「気に入りましたか」

「気が荒い」

「でも悪い馬じゃないですよね」

「そうだ」

フワンがにやにやした。

「マティアスさんの馬にも、名前つけますか」

マティアスは少し考えた。

「考えておく」

「考えるじゃなくて」

「善処する」

フワンが笑った。

「それ、カイルさんの言葉ですよね」

「そうだ」

エルザが、窓の外を見た。

厩の前に、オットーがいた。

栗毛の馬だった。

大人しく、草を食んでいた。

「オットーは元気そうだな」

「元気よ」とエルザは言った。「フワンが毎日世話してるの」

「そうか」

「相変わらず、ちょっと困った顔して立ってるけどね」

マティアスはオットーを見た。

確かに、少し困ったような顔をしていた。

「似ているな」

「でしょ」とエルザは言った。「名付けて正解だったわよ」

フワンがにやにやした。

「マティアスさんの新しい馬、オットーとは仲良くなれそうですか」

「分からない」

「オットーは誰にでも優しいですよ」

「そうか」

オットーが、新しい馬の方を見た。

新しい馬は、少し気が荒かったが、オットーを見ると、少し落ち着いたようだった。

「ほら」とエルザが言った。

「そうかもしれない」

「カイルさん、来年も来ますか」

「来るだろう」

「アンナさんって人と一緒に来るかもしれないって、エルザが言ってました」

マティアスは少し止まった。

「エルザ、誰に聞いた」

エルザが少し肩をすくめた。

「カイルさんからの手紙、フワンにも来るのよ。男同士の話、って言って秘密にされるけど、たまに漏れるの」

「そうか」

フワンがにやにやした。

「楽しみですね、アンナさんって人」

「そうかもしれない」

窓の外で、春の風が吹いていた。

名前のない犬が、縁側で眠っていた。

それで十分だった。


つづく


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