第五話「手続きと、礫」
その後、リゼットは、しばらく来なかった。
四日が過ぎた。
オットーが食事を運んでくるだけの日々が続いた。
「リゼット様は」とマティアスが聞いた日があった。
「お忙しいようです」とオットーは言った。「何か、上の方々と、やり合っているとかいないとか……私のような者には、よく分かりませんが」
「やり合っている?」
「あんたの拘留について、だと思うんだが。これ以上の延長は不要だ、という主張をされているとか」
マティアスは少し間を置いた。
「なぜだ」
オットーは少し首を傾げた。
「さあ。あっしには分かりません。ただ——」
「ただ」
「リゼット様、最近、何か考え込んでおられる様子で。中庭の薔薇を、ずっと見ていたりします」
マティアスは何も言わなかった。
オットーが下がった後、マティアスは窓の外を見た。
中庭の薔薇は、まだ咲いていた。
五日目。
リゼットが来た。
書類を持っていた。今までより、量が多かった。
「マティアス様」
「久しいな」
「申し訳ありません。手続きに、時間がかかっておりまして」
「手続き」
「釈放と、送還のための手続きです」
マティアスは少し止まった。
「……釈放か」
「ええ」
「いつだ」
「数日以内です。確定すれば、お知らせします」
マティアスは、リゼットを見た。
表情は、いつもと同じ、整った表情だった。
だが、何かが、少し違っていた。
「なぜだ」
リゼットは少し間を置いた。
「理由が、必要ですか」
「お前は、最初、私の拘留の責任者だと言った」
「言いました」
「責任者が、釈放を進めるのは——」
「矛盾する、とお思いですか」
「そうだ」
リゼットは、書類を机に置いた。
それから、窓辺に立った。
中庭の薔薇を見た。
「マティアス様」
「なんだ」
「先日、薔薇の話をしました」
「した」
「あの後、考えました」
「何を」
リゼットは、しばらく黙った。
「私は、神父様に何度も、運命の糸の話をされました」
「ああ」
「正直に言えば、最初は——少し、嬉しかったのだと思います」
マティアスは何も言わなかった。
「自分には、誰かと結ばれる運命がある、と言われることは、悪い気はしません。それが、あなたという、優秀で、整った所作を持つ方であれば、なお」
「……それで」
「でも」とリゼットは言った。「あなたは、毎回、即答でした。三人とも間違っている。四人とも間違っている。迷う理由がない、と」
「言った」
「最初は、その即答を、面白いと思っていました。意地を張っているだけだと、思っていました」
リゼットは、薔薇を見たまま、続けた。
「でも、薔薇と白い花の話をした時——あなたは、同じように、即答でした。理由を聞かれて、すぐに答えました。名前がなくても、毎年咲くから」
「言った」
「あれは、意地ではなかった」
リゼットは、振り返った。
「あれは、もう、決まっていることを、確認しているだけでした」
マティアスは、リゼットを見た。
「そうだ」
リゼットは、わずかに笑った。
今までで、一番、自然な笑い方だった。
「神父様が何人来ても、あなたの答えは変わらない。それは、運命がない、という意味ではないのですね」
「どういう意味だ」
「運命を、確認するまでもなく、決めている、という意味です」
マティアスは答えなかった。
「私は、その確認をしてもらえる側ではない、ということが、少し分かりました」
「……すまない」
リゼットが、少し驚いた顔をした。
「謝られるとは、思いませんでした」
「お前は、悪いことをしていない」
「ええ。していません」
「だが、すまないと思う」
リゼットは、しばらくマティアスを見た。
「マティアス様」
「なんだ」
「あなたは、礫を投げない方ですね」
「礫?」
「人を傷つける言葉を、わざと選ばない、という意味です」
「……そうかもしれない」
「謝る必要のない場面で、謝ることができる人は、多くありません」
マティアスは何も言わなかった。
リゼットは、机の書類を、整え直した。
「手続きを進めます。数日中に、お知らせします」
「分かった」
リゼットは扉へ向かった。
「リゼット」
リゼットが止まった。
名前で呼ばれたのは、初めてだった。
「なんでしょう」
「七人目の神父は」
リゼットは少し笑った。
「来ませんでした。もう、来ないと思います」
「そうか」
「ええ」とリゼットは言った。「来なくて、よかったと思っています」
リゼットは出て行った。
マティアスは、窓の外を見た。
中庭の薔薇が、夕方の光の中で、深い赤に染まっていた。
美しかった。
そう思ったことを、誰にも言わなかった。
つづく




