第一話「薔薇と、断られた夕食」
部屋は、牢屋ではなかった。
石造りの壁は同じだったが、寝台には布が敷かれていた。窓には格子がなかった。机があり、椅子があり、棚には本が並んでいた。
扉に鍵はかかっていなかった。
ただ、外に常に二人、見張りが立っていた。
マティアスは窓辺に立っていた。
外は中庭だった。噴水があった。水音が、静かに響いていた。
牢屋よりは、ずっと良い場所だった。
それでも、帰れない場所だった。
ノックの音がした。
返事を待たずに、扉が開いた。
「マティアス様」
入ってきたのは、女だった。
金髪を一つに結い上げていた。灰色の目だった。軍服に近い、しかし装飾の多い服を着ていた。立ち姿が、ひどく整っていた。隙がなかった。
「リゼット・ハウゼンと申します」と女は言った。「この拘留について、私が責任者を務めております」
「そうか」
「お加減はいかがですか」
「悪くない」
「結構です」
リゼットはしばらくマティアスを見た。
値踏みをするような目ではなかった。ただ、観察する目だった。
「夕食をご一緒にいかがですか」とリゼットは言った。「拘留下の方とは思えないかもしれませんが、私の部屋で。話を伺いたいことがあります」
マティアスは少し間を置いた。
「断る」
リゼットの表情は変わらなかった。
ただ、目の奥で、何かがわずかに動いた。
「理由を伺っても」
「夕食を共にする理由がない」
「私はあなたの拘留の責任者です。理由としては十分かと」
「夕食をする必要のある責任ではない」
リゼットは少し笑った。整った笑い方だった。
「ずいぶん、はっきりとおっしゃる方ですね」
「事実を言っている」
「分かりました」とリゼットは言った。「では、別の機会に」
「別の機会も同じだ」
リゼットはまた、わずかに目を動かした。
それから、一礼した。
「失礼します」
扉が閉まった。
足音が遠ざかった。
マティアスは窓の外を見た。
噴水の水が、光を受けて、きらきらと光っていた。
きらきらと光る水を見ると、いつも別のものを思い出した。
小川だった。
あの村の、小川だった。
マティアスは引き出しを開けた。
便箋があった。
ペンを持った。
書き始めた。
エルザ
また捕まった。今度は牢屋ではない。窓に格子もない。だが、出られない。
帰る予定が遅れる。
すまない。
ペンを置いた。
それだけしか書けなかった。
書きたいことは、もっとあった。
だが、今は、それだけで十分だった。
噴水の音が、夜まで続いた。
つづく




