第七話「春と、三人と、初めて四人になった日」
春になった。
三度目の春だった。
マティアスは二月に来ていたから、今年は二度目の訪問だった。カイルの言っていた年に三度、という提案に、気づけば近づいていた。
そのことをカイルに言うつもりはなかった。
言ったら何かに使われる。
出発の朝、カイルが本部の門の前にいた。
馬に乗っていた。
旅装だった。
マティアスは少し止まった。
「何をしている」
「オッホン」
「答えろ」
「見れば分かるだろう」
「一緒に来るつもりか」
「そういうことになる」
マティアスはカイルを見た。カイルは澄ました顔で馬の首を撫でていた。
「エルザに話したのか」
「手紙で伝えた」
「私には言わなかったのか」
「言ったら止めるだろう」
「止める」
「だから言わなかった」とカイルは言った。「論理的だろう」
「論理的ではない」
「では感情的だ。友人と春道を行きたかった。それだけだ」
マティアスはしばらくカイルを見た。
返す言葉が、珍しく見つからなかった。
「……ついてくるな」
「ついていく」
「私の馬の方が速い」
「私の馬も速い」
「道を知らないだろう」
「お前の後ろをついていく」とカイルは言った。「羅針盤は使わない」
マティアスは少し間を置いた。
「……余計なことを言うな」
「事実だ」
マティアスは馬に乗った。
カイルが隣に並んだ。
二人で、春の朝に出発した。
三日かかった。
春道だったから、雪道よりは早かった。
三日間、二人はほとんど喋らなかった。
それで十分だった。
一日目の夜、焚き火を囲んで黙って飯を食った。
二日目の朝、カイルが珍しく先に起きていた。朝の空を見ていた。
「何を見ている」とマティアスは言った。
「夜明け前の空だ」とカイルは言った。「お前が好きな時間だと聞いた」
「誰から」
「エルザから」
マティアスは返事をしなかった。
二人で、しばらく夜明け前の空を見ていた。
橙色になるか、灰色になるか、まだ分からない時間だった。
「良い空だな」とカイルは言った。
「そうだな」とマティアスは言った。
それだけだった。
それで十分だった。
三日目の午後、小川が見えた。
「あの川沿いに北へ行く」
「分かった」
二人で小川沿いを進んだ。
一里。
二里。
村が見えた。
その手前で、カイルが少し速度を落とした。
マティアスも落とした。
「マティアス」
「なんだ」
「私はここで少し待つ」
マティアスは少し止まった。
「なぜ」
「最初の少しは、お前だけで行け」
マティアスはカイルを見た。
カイルは前を向いたままだった。澄ました顔だったが、その横顔に、珍しく何か柔らかいものがあった。
「……余計な気を遣うな」
「遣っていない。私が村に入るタイミングを計っているだけだ」
「同じことだ」
「違う」
マティアスは少し間を置いた。
「……十分だけだ」
「二十分にしよう」
「十分だ」
「十五分にしよう」
「十分だ」
カイルは少し笑った。声を出さない笑い方だった。
「分かった。十分だ」
マティアスは馬を進めた。
村の入り口に、ルドルフがいた。
今年も、ルドルフが最初に気づいた。
尻尾が激しく動いた。
「ああ」とマティアスは言った。
エルザは丘の上にいた。
去年と同じだった。
白い花の中に、立っていた。
今年は去年より花が多かった。
マティアスが近づく足音を聞いて、振り返った。
「来た」と言った。
「ああ」とマティアスは言った。
「今年は早いわね」
「二月にも来た」
「知ってる。また来てくれたわね」
「ああ」
エルザはマティアスを見た。
それから、その後ろを見た。
「カイルさんは」
「下で待っている」
「なんで」
「十分だけ待つと言っていた」
エルザは少し笑った。
「カイルさんらしいわね」
「余計な気を遣う男だ」
「優しいじゃない」
「そうかもしれない」
二人はしばらく、村を見下ろした。
白い花が、春の風に揺れていた。
「ねえ、マティアス」
「なんだ」
「今年も、言いたいことがある?」
マティアスは少し考えた。
「ある」
「去年言えたじゃない」
「去年言えたものとは別にある」
エルザが少し止まった。
「別に?」
「そうだ」
「何年分あるの」
「……数えていない」
エルザは笑った。
今度は声に出して笑った。
白い花の中で、声に出して笑った。
「全部言い終わるのに、一生かかりそうね」
マティアスは少し間を置いた。
「そうかもしれない」
「それでいいの?」
「……いい」
エルザはしばらくマティアスを見た。
まっすぐに、見た。
大きな目が、春の光の中で、柔らかく輝いていた。
それから、一歩近づいた。
もう一歩近づいた。
マティアスは動かなかった。
エルザがマティアスの手を取った。
去年と同じだった。
去年と違ったのは——
今年は、マティアスの方が先に、握り返した。
「今年の言いたいことって、何」とエルザが言った。
マティアスは少し考えた。
「今年の冬、お前が元気がなかったと知らずにいた」
「フワンから聞いたのね」
「そうだ。だから来た」
「二月に来てくれたわね」
「それでも遅かったかもしれない」
エルザは少し黙った。
「遅くなかったわよ」
「そうか」
「来てくれたじゃない」
「ああ」
「それで十分よ」
マティアスは返事をしなかった。
しなかったが、握った手に少し力を込めた。
「次の冬は——」と言いかけた。
「来てくれるの?」とエルザが言った。
「そうだ」
「冬も?」
「春だけでは足りない気がしてきた」
エルザが笑った。
また泣きながら笑った。
「足りないのね」
「そうかもしれない」
「バカね」
「そうかもしれない」
「でも」
「なんだ」
エルザは握った手を、少し強くした。
「嬉しい」
マティアスは返事をしなかった。
しなかったが——今日は、返事の代わりに言った。
「私もだ」
エルザが止まった。
少しの間、何も言わなかった。
それから、小さく笑った。
泣いていなかった。ただ、笑っていた。
「言えるようになったじゃない」
「少しずつだ」
「十分よ」
十五分後、カイルが丘を上がってきた。
十分と言ったのに十五分だった。
それについては、マティアスは何も言わなかった。
カイルは丘の上に立って、白い花を見た。
それから二人を見た。
「オッホン」
「何が言いたい」とマティアスが言った。
「何も」とカイルは言った。
エルザがカイルを見た。
「カイルさん、来てくれたんですね」
「春道だったので」とカイルは言った。「マティアスの後ろをついてきた」
「羅針盤は使いましたか」
カイルが少し止まった。
「なぜそれを知っている」
「マティアスから聞きました」
カイルはマティアスを見た。
マティアスは前を向いていた。
「……使っていない」とカイルは言った。「正しい方向に来た」
「よかったです」とエルザは言った。笑いながら。
カイルは白い花を見た。
「今年も咲いたか」
「毎年咲きます」
「名前は分かったか」
「まだ分かりません」
「そうか」とカイルは言った。「名前がなくても、毎年咲く」
「そうです」
カイルはしばらく花を見ていた。
それから、マティアスを見た。
何も言わなかった。
目だけが、少し笑っていた。
その夜、フワンのシチューが出た。
エルザが教えたらしかった。
「フワンが作ったのか」とマティアスは言った。
「そうよ」とエルザは言った。「練習したの、冬の間ずっと」
「うまいですか」とフワンが聞いた。
マティアスは一口食べた。
「旨い」
フワンが頬を赤くした。
カイルが一口食べた。
「オッホン。なかなかのものだ」
フワンがまた頬を赤くした。
「カイルさんにそう言ってもらえると、本当な気がします」
「本当だ」とカイルは言った。「私は食に関して嘘をつかない」
エルザが笑った。
マティアスも、ごく小さく、口の端を上げた。
四人で食卓を囲んでいた。
今まで三人だった食卓が、今夜は四人だった。
犬が九匹、部屋の中をうろうろしていた。
ルドルフがカイルの足元に来た。
カイルは「オッホン」と言って、撫でた。
ミミがマティアスの足元に来た。
マティアスは撫でた。
フワンが言った。
「なんか、いつもより賑やかですね」
「そうだな」とマティアスは言った。
「嫌いじゃないですか、賑やかなの」
マティアスは少し考えた。
「……嫌いではない」
エルザが笑った。
カイルが「オッホン」と言った。
フワンがにやにやした。
春の夜が、窓の外に広がっていた。
白い花の香りが、風に乗って入ってきた。
名前を知らない花の香りが。
マティアスはその香りを、少し吸った。
鎧は、今夜も着ていた。
ただ——四人分の体温が、部屋の中に満ちていた。
鎧など、今夜はあってもなくても同じだった。
それは、今まで一度もなかったことだった。
引き出しの中に、地図が二枚あった。
春の地図と、冬の地図。
来年は、もう少し増えるかもしれない。
それで十分だった。
つづく




