第二話「看守は意外と話が分かる男だった」
看守の名前はオットーといった。
四十がらみで、腹が出ていて、髭が不揃いで、どう見ても厳格な軍人には見えなかった。しかし怒鳴り声だけは一人前だった。
「うるさい!静かにしろ!夜中に何事だ!」
「ごめんなさい!嬉しくて!」
「嬉しい? 牢屋で何が嬉しいんだ!」
「秘密です!」
オットーは盛大にため息をついた。マティアスは目を閉じたまま、壁に背を預けていた。
「隣の男、お前も何か言え」
「寝ていた」
「嘘をつくな、目が開いてる」
マティアスは看守を見た。オットーは松明を持って、鉄格子越しにこちらを睨んでいた。怒っているが、怖くはない種類の顔だった。
「彼女が騒いだ。私は関係ない」
「関係おおありよ!」
エルザが割り込んできた。
「この人が助けてくれるって言ったから嬉しかったんだもの!」
オットーの目が細くなった。マティアスを見た。マティアスはエルザの牢屋の方向を、一瞬だけ静かに見た。
「……助ける、とは言っていない」
「言ったわよ、三日後に脱出するって」
「計画を立てると言った」
「同じことでしょ」
「全然違う」
オットーがまた盛大にため息をついた。松明を持ち直して、マティアスをじっと見た。
「お前、本当に脱出するつもりか」
「今のところ、構想段階だ」
「正直な奴だな」
「嘘をつく必要がない」
オットーは鉄格子に手をかけて、少し考えるような顔をした。それから声を低くした。
「……エルザ嬢を、外に連れ出すつもりか」
「彼女がそう望んでいる」
「お前には関係ないだろう」
「理不尽な理由で捕まった人間を見過ごす趣味はない」
オットーはしばらく黙った。松明の火が、廊下の石壁に影を揺らした。
「……俺も、理不尽だと思ってる」
マティアスは看守を見た。
オットーは目を逸らした。照れているのか、困っているのか、判別しにくい顔だった。
「王様の甥っ子は、碌でもない男だ。エルザ嬢は断って正解だった。だが俺には、命令に逆らう権限がない」
「だから見張っている」
「仕事だからな」
マティアスは少し考えた。
「オットー」
「なんだ」
「三日後の夜、お前はどこにいる」
オットーは松明を持ったまま、長い沈黙をおいた。
廊下の奥で、風が鳴った。
「……持ち場を離れることは、できん」
「そうか」
「ただ」
オットーは咳払いをした。
「三日後の夜は、腹の具合が悪くなるかもしれん。持ち場を離れるとしたら、そういう時だけだ」
マティアスは返事をしなかった。
オットーも何も言わなかった。
二人の間に、静かな了解だけが落ちた。
「オットーさん、今の会話聞こえてたわよ」
エルザの声がした。
「知っとる」とオットーは言った。
「ありがとう」
「……礼はいい。騒ぐな、寝ろ」
足音が遠ざかった。松明の光が消えた。
廊下が暗くなった。
「マティアス」
「なんだ」
「あなた、すごいね」
「何もしていない」
「してるわよ。オットーさんを三言で動かした」
マティアスは壁に頭を預けた。
「人間は、理屈より感情で動く。それだけだ」
「哲学者みたい」
「軍人だ」
「鎧を着た哲学者ね」
マティアスは返事をしなかった。
しなかったが——暗闇の中で、鎧の奥の小さな場所が、また音もなく揺れた。
窓の外で、名前も知らない花が、夜風の中で静かに香っていた。
つづく




