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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Theater
第一章 牢屋と、壁と、名前を知らない花

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第十五話「冬と、手紙と、引き出しの中の地図」


冬になった。

雪が降った。

本部の窓から外を見ると、中庭が白くなっていた。兵士たちが足跡をつけながら歩いていた。息が白かった。

マティアスは報告書を書いていた。

冬の報告書は、夏より少ない。動きが鈍くなるからだ。戦況も、行商人の数も、国境の通行記録も、全部少なくなる。

引き出しを開けた。

地図があった。

東街道から外れて、小川沿いに北へ二里。

その道を、もう一度指でなぞった。

閉めた。


七通目の手紙が届いたのは、雪が降り始めて二週間後だった。

封蝋の犬は、今回四匹だった。

一匹だけ、他より小さく描いてあった。

新しい犬だろうか、とマティアスは思った。

開けた。


マティアス

雪が降った。エルザが言っていた通り、村が静かになった。

フワンが犬のために小屋を作っている。寒そうだから、と言って。大工仕事は得意じゃないみたいで、壁に穴が開いた。犬たちは穴から出入りして喜んでいる。フワンは泣いていた。

ルドルフは元気。あなたのことを時々探している気がする。犬には分からないのかしら、国境というものが。

雪の村は好きよ、やっぱり。音が全部、雪に吸い込まれる感じがして。あなたにも見せたかった。

来年の春、本当に来られそう?

待ってるって言ったけど、無理はしないでいいのよ。国境のこともあるし、あなたの仕事もあるし。

ただ、待ってるだけ。それだけ。

またね。

エルザ

追伸 封蝋の犬、一匹増やした。新しい犬が来たから。フワンがミミと名付けた。小さい。


マティアスは手紙を読み終えた。

ルドルフが時々探している、とエルザは書いていた。

犬には分からないのかしら、国境というものが、と。

マティアスはその一文をもう一度読んだ。

それから便箋を取り出した。


エルザ

雪が降った。こちらも白くなっている。

ルドルフが探しているとのこと。犬に国境は関係ない。羨ましいと思う、少し。

来年の春、行く。無理はしない。ただ、行く。

待っていてくれると書いてくれた。それだけでいい。

ミミという犬に、いつか会う。

マティアス

追伸 雪の村を、いつか見たい。


書き終えた。

封をした。

行商人に渡した。

引き出しを開けた。

地図を取り出した。

来年の春、この道を通る。

もう一度指でなぞった。

それから、地図を折って、戻した。

閉めた。

窓の外では、雪がまだ降っていた。

中庭の足跡が、少しずつ埋まっていた。


八通目の手紙が届いたのは、冬の深いところだった。

封蝋は犬五匹だった。

ミミが上手く描けるようになっていた。小さいが、確かにミミだと分かる犬だった。


マティアス

一番寒い季節になった。フワンの犬小屋、完成した。壁の穴は塞いだ。でも犬たちは穴から出入りすることを覚えてしまったので、新しい穴を開けた。フワンは泣かなかった。成長したと思う。

来年の春、来てくれるのね。

羨ましいと書いてくれた、犬のことが。国境のない犬が。

私もそう思う。

ねえ、マティアス。一つだけ聞いていい?

あなたは、ずっと向こうにいて、ずっとこちらに手紙を送ってきて、わざわざ三日かけて迂回路を通って来てくれて——それって、どういうつもりなの。

聞いてどうするわけじゃないけど。

ただ、聞きたかった。

またね。

エルザ


マティアスは手紙を読み終えた。

もう一度読んだ。

聞いてどうするわけじゃないけど、とエルザはまた書いていた。

前にも同じことを書いていた。国境のことを聞いた時に。

あの時は、そうか、と思った、と返事を書いた。

今回は、違った。

マティアスはしばらく便箋を見ていた。

書き始めた。

止まった。

また書き始めた。

また止まった。

三回止まった。

四回目に、書いた。


エルザ

どういうつもりか、と聞いてくれた。

考えた。三回止まった。それでも書く。

お前が手紙をくれるたびに、引き出しを開けるのが楽しみになっていた。

お前の声を思い出すたびに、名前を呼ばれた時のことを思い出していた。

十日間、惜しいと思っていた。帰る日の朝、振り返ったら帰れなくなると思った。

来年の春に名前を知らない花が咲いたら、それを見ながら、お前に言いたいことがある。

春まで待ってくれ。

マティアス


書き終えた。

長かった。

今まで書いた中で、一番長かった。

封をした。

行商人に渡した。

引き出しを開けた。

空だった。

全部送った。

送らなかった手紙は、もうなかった。

全部、送ることにした。

閉めた。

窓の外では、雪が降り続けていた。

中庭が、また白くなっていた。

春まで、まだ遠かった。

遠かったが——今年の冬は、それほど長く感じなかった。

引き出しの中に地図があった。

東街道から外れて、小川沿いに北へ二里。

その先に、名前を知らない花が咲く村がある。

春になったら、また行く。

今度は、言うことがある。

鎧は、今夜も着ていた。

ただ——隙間が、冬の間も、閉じなかった。

それは確かなことだった。


冬の終わりに、九通目の手紙が届いた。

短かった。


マティアス

春まで待つ。

エルザ

追伸 引き出し、また空になった。全部あなたへの手紙になったから。


マティアスは手紙を読んだ。

もう一度読んだ。

便箋を取り出した。

一行だけ書いた。


私もだ。

マティアス


封をした。

行商人に渡した。

窓を開けた。

外の空気が入ってきた。

雪の匂いがした。

でも、少しだけ、違う匂いが混じっていた。

土の匂いだった。

雪の下から、少しずつ、春が近づいていた。

マティアスはその匂いを、しばらく吸っていた。

名前を知らない花が、もうすぐ咲く。

その時に、言うことがある。

春まで、もう少しだった。


つづく

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