第二話「殿下の答え」
その声を、扉の外で、聞いていた者がいた。
アルブレヒトだった。
クルトから知らせを受けて、駆けつけたところだった。
戸口に立ったまま、しばらく動けなかった。
牢屋の中の光景を、見ていた。
鉄格子越しに、手を握り合う二人を。
「……殿下」とクルトが、小声で言った。
アルブレヒトは、答えなかった。
ただ、しばらく、その光景を見ていた。
それから、静かに、咳払いをした。
マティアスとエルザが、振り返った。
「アルブレヒト殿下」とエルザが言った。
声が、少し強張った。
アルブレヒトは、マティアスを見た。
値踏みするような目ではなかった。
ただ、観察する目だった。
「お前が、マティアスか」
「そうだ」
「エルザの、手紙の相手の」
「そうだ」
アルブレヒトは、しばらく黙っていた。
それから、鍵を持った看守に、合図をした。
「開けろ」
看守が、戸惑った顔をした。
「殿下、しかし」
「開けろと言った」
牢屋の扉が、開いた。
エルザが、外に出た。
マティアスの前に、立った。
アルブレヒトは、二人を見た。
「殿下」とエルザが言った。「なぜ」
「聞きたいことがある」とアルブレヒトは言った。
「なんでしょう」
「この男が、お前の望む相手か」
エルザは、迷わなかった。
「はい」
即答だった。
アルブレヒトは、小さく笑った。
疲れた、しかし、どこか安堵したような笑い方だった。
「……その即答の仕方は、少し前に、似たようなものを聞いた気がする」
マティアスは、少し眉を寄せた。
「なんの話だ」
「なんでもない」とアルブレヒトは言った。
それから、エルザを見た。
「エルザ」
「はい」
「私が、なぜ、お前を、これほど求めたか、分かるか」
エルザは、少し考えた。
「分かりません」
「私自身も、長い間、分からなかった」
アルブレヒトは、窓の外を見た。
「お前は、私に、初めて、はっきりと物を言った人間だった。身分も、立場も、関係なく」
「殿下」
「聞け」
アルブレヒトは、続けた。
「王族の周りには、頷く者しかいない。私の言葉を、否定する者は、誰もいなかった。お前だけが、違った」
「それは」
「それが、欲しかったのだと、今、分かった」
アルブレヒトは、マティアスを見た。
「お前の目を見て、分かった。お前も、この娘に、同じものを見出したのだろう」
マティアスは、少し間を置いた。
「そうかもしれない」
「かもしれない、ではないだろう」
「……そうだ」
アルブレヒトは、しばらく、二人を見ていた。
それから、深く、息を吐いた。
「エルザ」
「はい」
「お前を、自由にする」
エルザは、耳を疑った。
「本当ですか」
「本当だ」
「なぜ、急に」
アルブレヒトは、静かに笑った。
「急にではない。お前が、ここに来た日から、ずっと、分かっていたことだ。ただ、認めるのに、時間がかかった」
「殿下」
「礼はいい」とアルブレヒトは言った。「ただ、一つだけ、聞かせてくれ」
「なんでしょう」
「幸せに、なれるか」
エルザは、マティアスを見た。
マティアスも、エルザを見た。
「なれます」とエルザは言った。
「そうか」
アルブレヒトは、それだけ言うと、踵を返した。
戸口で、一度だけ、振り返った。
「マティアス」
「なんだ」
「彼女を、大事にしろ」
「言われなくても、そうする」
アルブレヒトは、小さく頷いた。
それから、去っていった。
足音が、廊下の奥に消えていった。
クルトが、扉のそばで、静かに言った。
「殿下は、良い方です」
エルザは、その背中を見送りながら、頷いた。
「知ってるわ」
「エルザ様」
「なに」
「お幸せに」
エルザは、クルトに、笑いかけた。
「あなたもね、クルト」
クルトは、珍しく、口の端を、わずかに上げた。
つづく




