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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十六章 エルザと、フワンと、なかった妹

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第四話「約束の丘で」


数週間後、マティアスはヴァイス村に向かった。

予定より早い訪問だった。

理由は書かなかった。

「話したいことがある」とだけ、手紙に書いた。


丘の上で、エルザが待っていた。

白い花が、風に揺れていた。

「早いじゃない」とエルザは言った。「手紙にも、あんまり書いてなかったし」

「話がある」

「怖い顔してる」

「怖くはない」

「してるわよ」


マティアスは、押し花を、懐から出した。

エルザに見せた。

エルザの表情が、少し変わった。

「これ——」

「お前の村の花だ」

「知ってる。でも、なんで、あなたが持ってるの」


マティアスは、話し始めた。

グレーテの手紙のこと。

イレーネが失った、本当の双子のこと。

エルザ自身が、拾われた子供である可能性のこと。


エルザは、長い間、何も言わなかった。

白い花が、揺れ続けていた。


「……そう」とエルザは、ようやく言った。「そういうこと」

「すまない。もっと、うまく話す方法があったかもしれない」

「ううん」とエルザは言った。「あなたは、いつも、まっすぐ話してくれる。それでいい」


エルザは、丘の下を見た。

村が見えた。

小川が光っていた。

「妹を探して、十九年、生きてきたの」とエルザは言った。「顔も知らない、声も知らない、いるかどうかも分からない誰かを」

「知っている」

「それが、最初からいなかったって言われて——」

エルザは、言葉を切った。

しばらく、黙っていた。


「悲しい?」とマティアスは聞いた。

エルザは、少し考えた。

「分からない」と言った。「悲しいのか、安心したのか、自分でも、まだ整理できてない」

「時間がかかっても、いい」

「うん」


エルザは、白い花を、一輪、摘んだ。

それを見つめた。

「お母さんは」とエルザは言った。「嘘をついたんじゃない。守ろうとしたんだと思う」

「そうだろうな」

「自分の失った子供の分まで、私に、何かを持たせたかったんだと思う」

マティアスは、頷いた。


「一つ、聞いていい」とエルザは言った。

「なんだ」

「あなたのお母さんと、私のお母さんが、同じ人だったら——」

「血は繋がらない」とマティアスは言った。「お前は、拾われた子だ。血の繋がりの話をするなら、私たちの間には、何もない」


エルザは、しばらくマティアスを見た。

それから、小さく笑った。

安堵の混じった笑い方だった。


「よかった」

「そうか」

「うん」

エルザは、摘んだ花を、マティアスに差し出した。

「これでも、血は繋がってないんでしょ」

「繋がっていない」

「じゃあ、大丈夫ね」


マティアスは、花を受け取った。

白くて、小さな花だった。

名前を知らない花だった。


丘の上に、風が吹いた。

花が、二人の周りで揺れていた。

鎧は、今日も着ていた。

ただ——今日の隙間からは、これまでで一番、静かな安堵が満ちていた。


「ねえ」とエルザが言った。

「なんだ」

「妹のこと、今度から、どう思って生きればいいのかな」

マティアスは、少し考えた。

「いなかった妹ではなく」と言った。「お前を、一人にしたくなかった母親の気持ちがあった、と思えばいい」

エルザは、しばらく、その言葉を、考えていた。

それから、頷いた。

「うん。そう思う」


つづく


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