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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十五章 マティアスと、カイルと、カイルの父の独白

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第五話「兄弟という、名前のない関係」


二人は、しばらく、黙って座っていた。

窓の外は、夕暮れだった。

雲が多かった。

複雑な色の夕日になりそうだった。


「オッホン」とカイルが言った。

「何が言いたい」

「何も」

「また鳴いたな」

「今日は、気のせいではない」とカイルは言った。「少し、緊張している」

マティアスは、カイルを見た。

「お前が、緊張するとは」


「兄弟だと分かった日に、緊張しない人間がいるか」

「……そうかもしれない」

「お前は、緊張していないのか」

マティアスは、少し考えた。

「分からない」と言った。「感情の名前が、まだ分からない」


カイルは、しばらく、マティアスを見ていた。

それから、静かに笑った。

「それは、お前らしい答えだ」

「そうか」

「ああ」


夕日が、窓を赤く染めていた。

橙色が、赤に変わりつつあった。

「聞きたいことが、まだある」とマティアスは言った。

「なんだ」

「母は——今、どこにいる」


カイルは、少し間を置いた。

「分からない」と言った。「父は、名を聞かなかったと言っていた。ただ——」

「ただ」

「港で歌う女の話を、お前がしていただろう。名前のない歌を歌う、年配の女の話を」


マティアスは、動かなかった。

「イレーネ、と名乗っていた」

カイルは、しばらく黙っていた。

「同じ名だ」とカイルは静かに言った。「幕間で語られていた妃殿下の名も、イレーネだった」


マティアスは、窓の外を見た。

夕日が、少しずつ沈んでいった。

橙色が赤に、赤が紫に、紫が青に混じっていった。

「確かめる方法は」

「ない」とカイルは言った。「ただ、確かめなくても、分かっていることが、一つある」


「なんだ」

「あの女が、二つの揺り籠から、赤子を一人だけ連れて、名も告げずに去ったこと」とカイルは言った。「その理由が、憎しみでなかったことは、確かだ」

マティアスは、カイルを見た。


「守るためだ」とカイルは言った。「一人では守りきれないと分かっていて、それでも、両方を、それぞれの形で守ろうとした。そう考える方が、筋が通る」

マティアスは、しばらく、何も言わなかった。

それから、小さく、頷いた。


「エルザに、話すのか」とカイルが聞いた。

「話す」

「いつだ」

「次に会った時に」

「言えるか」

マティアスは、少し考えた。

「善処する」


カイルが、声を出して笑った。

「その言葉を聞くのは、何度目だ」

「数えていない」

「私は数えている」とカイルは言った。「お前が『善処する』と言った時は、だいたい、やる気がある時だ」

「それは、お前の言葉だ」

「お前から学んだ」


窓の外で、夕日が沈みきった。

夜が来た。

星が、一つ、二つと、出始めていた。


「カイル」

「なんだ」

「兄弟、というのは」マティアスは、少し間を置いた。「重いものか」

カイルは、しばらく考えた。

「軽くはない」と言った。「だが、お前と歩いてきた十五年の方が、私にとっては、もう十分に重い。血の話は、その重さに、少し名前がついただけだ」


マティアスは、押し花を、もう一度見た。

白くて、小さな花だった。

名前を知らない花だった。


「名前がついても」とマティアスは言った。「変わらないものが、あるということか」

「そうだ」

「……そうか」


鎧は、今夜も着ていた。

ただ——今夜の隙間からは、これまでとは違う何かが、静かに満ちていた。

兄、という言葉でも、弟、という言葉でもなかった。

まだ、名前のない何かだった。

名前がなくても、確かに、そこにあった。


星が、夜空に増えていった。

カイルは、しばらく、その星を見ていた。

「オッホン」

「何が言いたい」

「何も」とカイルは言った。「今日だけは、本当に、何も」


つづく


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