第十二話「秋と、国境と、越えた男」
秋になった。
戦況が、少し動いた。
動いた、というのは穏やかな言い方で、正確には、国境付近で小さな衝突が三件あった。死者は出なかった。しかし行商人の往来が、夏より二割減った。
マティアスはそれを、報告書の数字で知った。
実務的な話だった。
実務的な話として、処理しようとした。
できなかった。
六通目の手紙が届いたのは、衝突の報告から三日後だった。
いつもより早かった。
封蝋の犬は、今回三匹だった。一匹が他の二匹より大きく描いてあった。
マティアスは開けた。
マティアス
手紙、全部読んだ。
三枚まとめて届いた。行商人のおじさんが、重かったと言っていた。ごめんなさい。
名前を呼んだ時のこと、覚えてくれていた。私も覚えてる。あの朝のこと、全部。村外れの石畳の音も、馬の足音も、あなたの手が一瞬持ち上がったことも。
見てたわよ、ちゃんと。
フワンへの返事も読んだ。会いに行けない理由は、私が思っているような理由ではない、と書いてくれた。フワンは意味が分からないと言っていた。私には分かった。
ねえ、マティアス。
国境付近で衝突があったと、行商人のおじさんから聞いた。おじさんは次から来られないかもしれないと言っていた。
手紙が届かなくなるかもしれない。
それだけ伝えたかった。
またね。
エルザ
追伸 引き出しが空になった、と書いてくれた。私の引き出しも、今は空よ。全部、あなたへの手紙になったから。
マティアスは手紙を読み終えた。
もう一度読んだ。
手紙が届かなくなるかもしれない、とエルザは書いていた。
それだけ伝えたかった、と。
マティアスはしばらく、その言葉を見ていた。
それから窓の外を見た。
秋の空だった。雲が多かった。
夕日が複雑な色になる日だった。
マティアスは便箋を取り出した。
書いた。
エルザ
手紙が届かなくなるかもしれない、と書いてくれた。
分かった。
一つだけ聞く。
お前は今、どこにいる。
マティアス
短かった。
これほど短い手紙を書いたのは、初めてだった。
封をした。
行商人に渡した。
それから、机に戻った。
報告書を開いた。
国境付近の地図を広げた。
衝突のあった三箇所に印をつけた。
行商人の通れる道を確認した。
迂回路を探した。
見つかった。
一箇所だけ、まだ通れる道があった。
遠回りだった。馬で三日かかる道だった。
マティアスはしばらく地図を見た。
それから地図を折って、引き出しに入れた。
引き出しを閉めた。
返事は四日後に届いた。
いつもより早かった。
封蝋に犬はなかった。
急いで封をしたらしく、蝋が少し歪んでいた。
マティアス
フワンのところにいる。ずっとここにいる。
村の名前はヴァイス村。東街道から外れて、小川沿いに北へ二里ほど行ったところ。小さい村だから地図には載っていないかもしれない。
なぜ聞いたの。
エルザ
マティアスは手紙を読み終えた。
引き出しを開けた。
地図を取り出した。
東街道を確認した。小川を探した。
あった。
北へ二里。
印をつけた。
地図を折った。
上官室へ向かった。
ドアを叩いた。
「入れ」
入った。
上官はマティアスを見た。
「何だ」
「休暇を申請したい」
上官は少し驚いた顔をした。マティアスが休暇を申請したのは、上官の記憶では一度もなかった。
「休暇? お前が?」
「そうだ」
「どのくらいだ」
「十日あれば十分だ」
「理由は」
マティアスは少し間を置いた。
「個人的な用事だ」
上官はしばらくマティアスを見た。
それから、ため息をついた。
「……お前が個人的な用事で休暇を申請するとは、思わなかった」
「私もそう思っていた」
「何かあったか」
「何かある前に動く方が、効率がいい」
上官はまたしばらくマティアスを見た。
それから、書類に何かを書いた。
「十日だ。それ以上は認めない」
「十分だ」
「行き先は」
「東の方だ」
「東、か」
上官は何も言わなかった。
マティアスも何も言わなかった。
「気をつけろよ」と上官は言った。
「ああ」とマティアスは言った。
部屋を出た。
自室に戻った。
荷物をまとめた。
地図を確認した。
迂回路、馬で三日。
東街道から外れて、小川沿いに北へ二里。
地図には載っていない、小さな村。
鎧は、いつも通りに着ていた。
ただ——今夜は、その重さを、あまり感じなかった。
朝になったら、出発しようとマティアスは思った。
夜明け前の、空がまだ決まっていない時間に。
つづく




