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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Theater
第一章 牢屋と、壁と、名前を知らない花

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第十一話「夏と、越えられない国境と、フワンの手紙」


夏になった。

国境の通行記録が、春よりさらに増えた。行商人の数も増えた。マティアスはそれを、やはり報告書の数字で知った。実務的な話だった。

実務的な話として、処理した。

引き出しの中には、今や手紙が九通あった。

エルザからが五通、マティアスが送ったものが三通、送らなかったものが一通。送らなかったものは、まだ引き出しの一番奥にあった。


五通目の手紙が届いたのは、夏の初めだった。

封蝋の犬が、また少し上手くなっていた。今回は犬が二匹描いてあった。

マティアスはそれを少し見てから、開けた。


マティアス

夏になった。暑い。フワンが畑に網を張った。鳥は来なくなった。あなたのおかげ。フワンが礼を言っていた。顔も知らない人に礼を言うフワンは、やっぱりいい子だと思う。

夜明け前の空の話、好き。何にでもなれる気がする時間、ね。私には分からなかった考え方だった。私はいつも、もう決まってしまった後のことばかり考えてたから。でも、まだ決まっていない時間もあるのね。

ねえ、マティアス。一つ聞いていい?

国境って、今どうなってる? 行商人は通れてるみたいだけど、人は通れるの?

聞いてどうするわけじゃないけど。ただ聞きたかっただけ。

あと、フワンが直接手紙を書きたいと言っている。断ってもいいけど、一応聞いておく。

またね。

エルザ


マティアスは手紙を読み終えた。

国境の話を聞いてきた。

聞いてどうするわけじゃないけど、とエルザは書いていた。

マティアスはその一文を、もう一度読んだ。

それから便箋を取り出した。


エルザ

国境は、行商人など限られた往来は許可されているが、一般の通行は認められていない。戦況が変わらない限り、当面は続くだろう。

聞いてどうするわけじゃない、と書いていた。

そうか、と思った。

それ以上は書かない。

夜明け前の空の話を、覚えていてくれた。もう決まってしまった後のことばかり考えていた、と書いてくれた。そういうことを書いてくれる人は、あまりいない。

フワンが手紙を書きたいと言っているとのこと。

構わない。

マティアス


書き終えた。

封をした。

行商人に渡した。


二週間後、二通の手紙が届いた。

一通はエルザの字だった。

もう一通は、見たことのない字だった。大きくて、勢いがあって、所々で字がはみ出していた。

封蝋は——犬だった。ただし、エルザのものよりずっと上手かった。毛並みまで描いてあった。

マティアスはまずエルザの手紙を開けた。


マティアス

国境の話、ありがとう。

そうか、と思った、と書いてくれた。あなたがそう思ったこと、私も、そうか、と思った。

フワンが張り切っている。止める間もなかった。ごめんなさい。

またね。

エルザ


短かった。

マティアスはもう一通を開けた。


マティアスさんへ

はじめまして。エルザの弟のフワンです。十四歳です。

姉からあなたの話を聞きました。穴に落ちて捕まって、姉を助けてくれた人だと聞きました。ありがとうございます。

姉は強がりなので、助けてもらったことをなかなか素直に言えないタイプです。でも本当は感謝しています。たぶん。いや、絶対してます。

一つ聞いていいですか。

あなたは、姉のことが好きですか。

姉は最近、手紙を書く時に少し顔が赤い気がします。そういう時は決まってあなたへの手紙を書いています。だから聞きました。

犬が好きなら、いつか会いに来てください。八匹いますが、全員いい犬です。

フワン

追伸 畑の網、ありがとうございました。おかげで野菜が育っています。


マティアスは手紙を読み終えた。

もう一度読んだ。

特に、真ん中のあたりを、もう一度読んだ。

あなたは、姉のことが好きですか。

マティアスはしばらく、その一文を見ていた。

十四歳の少年が、直球で書いてきた。

迷いのない字だった。はみ出してはいたが、迷いはなかった。

マティアスは便箋を三枚取り出した。

一枚目にはエルザへの返事を書いた。

二枚目にはフワンへの返事を書いた。

三枚目は——引き出しの奥にあった、送らなかった手紙だった。

取り出して、広げた。

名前を呼ばれた時のことを、まだ覚えている。

その続きを、今日は書けた。


あの朝、村の外れで、お前が私の名前を呼んだ。

顔を見て、声に出して、呼んでくれた。

壁越しに三日間呼び続けた名前だから、と言っていた。

私はその時、答える言葉を持っていなかった。

今も、適切な言葉を持っているとは言えない。

ただ、覚えている。

夜明け前の空を見るたびに、まだ決まっていない時間だと思う。

お前が手紙をくれるたびに、引き出しの中が少し重くなる。

それが何を意味するのか、十四歳の弟に聞かれて、初めて少し分かった気がした。

マティアス


書き終えた。

三枚を重ねた。

封をした。

宛名を書いた。エルザ・ヴァイス、と。

それから少し考えて、下に小さく書き足した。

フワンへ、犬には会いに行けないかもしれない。だが、会いに行けない理由は、お前が思っているような理由ではない。

封をした。

引き出しを開けた。

空になっていた。

全部、送ることにした。

閉めた。

窓の外では、夏の空が広がっていた。

雲が多かった。

今日は、夕日が複雑な色になる日だな、とマティアスは思った。

夕暮れまで、まだ時間があった。

鎧は、今日も着ていた。

ただ——引き出しが、空になっていた。

それは、今まで一度もなかったことだった。


つづく

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