第十一話「一度、村へ」
翌朝、看守が朝食を運んできた。
パンと、薄いスープだった。
昨夜の舞踏会が、遠い夢のように感じられた。
昼過ぎ、扉が開いた。
アルブレヒトだった。
「出る支度をしろ」
「どこへ」
「村へ、帰す」
エルザは、耳を疑った。
「本当ですか」
「本当だ」
「なぜ、急に」
アルブレヒトは、しばらく、答えなかった。
「頭を、冷やす時間が、必要だと思った」
「殿下がですか、私がですか」
「両方だ」
支度は、すぐに終わった。
馬車が、用意されていた。
兵はいなかった。
アルブレヒト自身が、付き添うという。
道中、アルブレヒトは、ほとんど口を開かなかった。
エルザも、話しかけなかった。
窓の外を、ただ見ていた。
見慣れた景色が、少しずつ戻ってくるのが分かった。
「殿下」
「なんだ」
「なぜ、諦めてくださったのですか」
「諦めては、いない」
「では、なぜ」
アルブレヒトは、窓の外を見たまま、答えた。
「お前を、これ以上ここに留めても、意味がないと分かったからだ」
「意味、とは」
「頷かせる方法が、力ではないと知った」
「では、何だと」
「……分からない」とアルブレヒトは言った。「だから、一度、離れることにした」
エルザは、それ以上、聞かなかった。
答えの中に、何か、隠された事情がある気がした。
聞いても、話さないことは分かっていた。
村が見えてきた時、エルザの胸が、締めつけられた。
石造りの家。
広場の井戸。
白い花が、丘に咲いていた。
出た時には、まだ蕾だった花が、今は、満開になっていた。
馬車が止まると、フワンが、真っ先に走ってきた。
「エルザ!」
「フワン」
エルザは、馬車を降りるより早く、抱きつかれた。
フワンは、何も言わず、ただ、強く抱きついていた。
声を出さずに、泣いているのが分かった。
村長も、村の人々も、集まってきた。
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
アルブレヒトは、馬車から降りず、しばらく、その光景を見ていた。
「村長」とアルブレヒトが言った。
「はい」
「一月だけ、預ける。それ以上は、待てない」
村長は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はいい」
アルブレヒトは、エルザを見た。
「一月後、また迎えに来る」
「殿下」
「なんだ」
「お心遣いに、感謝いたします」
それは、初めて、エルザが口にした、感謝の言葉だった。
建前ではなく、少しだけ、本音が混じっていた。
アルブレヒトは、少し驚いた顔をした。
それから、静かに笑った。
「その言葉だけで、今日は、十分だ」
馬車は、去っていった。
エルザは、フワンを抱きしめたまま、その後ろ姿を見送った。
つづく




