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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十四章 連れ去られたエルザと、青いドレスの日々

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第十一話「一度、村へ」


翌朝、看守が朝食を運んできた。

パンと、薄いスープだった。

昨夜の舞踏会が、遠い夢のように感じられた。


昼過ぎ、扉が開いた。

アルブレヒトだった。

「出る支度をしろ」

「どこへ」

「村へ、帰す」

エルザは、耳を疑った。

「本当ですか」

「本当だ」

「なぜ、急に」

アルブレヒトは、しばらく、答えなかった。

「頭を、冷やす時間が、必要だと思った」

「殿下がですか、私がですか」

「両方だ」

支度は、すぐに終わった。


馬車が、用意されていた。

兵はいなかった。

アルブレヒト自身が、付き添うという。

道中、アルブレヒトは、ほとんど口を開かなかった。

エルザも、話しかけなかった。

窓の外を、ただ見ていた。

見慣れた景色が、少しずつ戻ってくるのが分かった。

「殿下」

「なんだ」

「なぜ、諦めてくださったのですか」

「諦めては、いない」

「では、なぜ」

アルブレヒトは、窓の外を見たまま、答えた。

「お前を、これ以上ここに留めても、意味がないと分かったからだ」

「意味、とは」

「頷かせる方法が、力ではないと知った」

「では、何だと」

「……分からない」とアルブレヒトは言った。「だから、一度、離れることにした」

エルザは、それ以上、聞かなかった。

答えの中に、何か、隠された事情がある気がした。

聞いても、話さないことは分かっていた。

村が見えてきた時、エルザの胸が、締めつけられた。

石造りの家。

広場の井戸。

白い花が、丘に咲いていた。

出た時には、まだ蕾だった花が、今は、満開になっていた。

馬車が止まると、フワンが、真っ先に走ってきた。

「エルザ!」

「フワン」

エルザは、馬車を降りるより早く、抱きつかれた。

フワンは、何も言わず、ただ、強く抱きついていた。

声を出さずに、泣いているのが分かった。

村長も、村の人々も、集まってきた。

誰も、すぐには言葉を発せなかった。

アルブレヒトは、馬車から降りず、しばらく、その光景を見ていた。

「村長」とアルブレヒトが言った。

「はい」

「一月だけ、預ける。それ以上は、待てない」

村長は、深く頭を下げた。

「ありがとうございます」

「礼はいい」

アルブレヒトは、エルザを見た。

「一月後、また迎えに来る」

「殿下」

「なんだ」

「お心遣いに、感謝いたします」

それは、初めて、エルザが口にした、感謝の言葉だった。

建前ではなく、少しだけ、本音が混じっていた。

アルブレヒトは、少し驚いた顔をした。

それから、静かに笑った。

「その言葉だけで、今日は、十分だ」

馬車は、去っていった。

エルザは、フワンを抱きしめたまま、その後ろ姿を見送った。


つづく


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