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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十四章 連れ去られたエルザと、青いドレスの日々

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第十話「舞踏会の夜」


その夜、エルザは、鏡の前に立たされていた。

侍女が三人がかりで、髪を結い上げていた。

コルセットは、息苦しいほどきつく締められていた。

青いドレスだった。

「よくお似合いです」と侍女の一人が言った。

エルザは、鏡の中の自分を見た。

知らない女が、そこに立っていた。


扉が開いた。

アルブレヒトだった。

正装していた。

エルザを見て、しばらく、動かなかった。

「……よく似合う」

「ありがとうございます」

声は、平坦だった。

「腕を」とアルブレヒトが言った。

エルザは、腕を差し出した。

舞踏の間は、光で満ちていた。

シャンデリアが、いくつも下がっていた。

音楽が鳴っていた。

知らない旋律だった。

「アルブレヒト殿下」

「ご婚約者様ですか」

声が、次々と飛んできた。

エルザは、笑顔を作った。

稽古で覚えた足運びを、なぞった。

間違えかけると、アルブレヒトの手が、支えた。

「筋がいい」と、踊りながら、アルブレヒトが言った。

「殿下のリードが、上手いだけです」

「両方だ」

遠くで、貴族たちが囁いていた。

「どこの家の娘だ」

「東の、名も無い村の娘だとか」

声は、届いていた。

聞こえていないふりを、続けた。

曲が終わると、庭に連れ出された。

夜風が、コルセットの上から、冷たく当たった。

「エルザ」

「はい」

「今夜のことを、後悔させないでほしい」

「殿下が、後悔なさらないよう、努めることは、できません」

「なぜだ」

「私は、私のままでいることしか、できませんので」

アルブレヒトは、それ以上、何も言わなかった。

それから、舞踏会は終わった。

屋敷への馬車ではなく、別の馬車が用意されていた。

エルザは、何も聞かされないまま、乗せられた。


馬車が止まったのは、屋敷ではなかった。

拘留所だった。

「殿下」

「今夜は、ここまでだ」とアルブレヒトは言った。

声は、疲れていた。

「明日、また来る」

侍女たちが、エルザを部屋に連れて行った。

青いドレスを、脱がされた。

代わりに渡されたのは、粗末な、村娘の服だった。

牢屋の扉が、開いた。

石の壁。

硬い寝台。

小さな窓。

「入れ」と看守が言った。

エルザは、素直に、入った。

扉が閉まった。

寝台に、座った。

コルセットの跡が、まだ、痛かった。

息は、さっきよりも、ずっと楽だった。

窓から、夜風が入ってきた。

花の香りは、しなかった。

「……これで、いいのよ」

誰にも聞こえないところで、そう呟いた。


つづく


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