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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十四章 連れ去られたエルザと、青いドレスの日々

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第八話「舞踏会の招待と、青いドレスの理由」


数日後、マルタが、大きな箱を抱えて部屋に来た。

「これは」

「ドレスです。殿下からの、ご指示で」

箱を開けると、青いドレスが入っていた。

深い青だった。

「これは」

「舞踏会用のドレスです」

「舞踏会」

「十日後にございます。殿下が、エルザ様を、お連れになると」

エルザは、しばらく、ドレスを見ていた。

「断ることは」

「難しいかと」

マルタの声が、少し沈んだ。

「マルタ」

「はい」

「なぜ、青いドレスなの」

マルタは、少し言いにくそうにした。

「殿下が、お選びになりました」

「理由は」

「……エルザ様の目の色に、合わせたと」

エルザは、それを聞いて、何も言えなかった。

好意なのか、道具として整えられているだけなのか、判別がつかなかった。


その日の夕方、アルブレヒトが部屋に来た。

「ドレスは、届いたか」

「届きました」

「気に入ったか」

「殿下が、お選びになったものです」

「感想を聞いている」

「立派なドレスだと思います」

「それだけか」

「それだけです」

アルブレヒトは、小さく息を吐いた。

「舞踏会のことだが」

「伺いました」

「私の婚約者として、紹介する」

「婚約はしておりません」

「今夜からは、そういうことにする」

エルザは、アルブレヒトを見た。

「私の同意なく、ですか」

「今の段階では、体裁の話だ。本当の婚約とは違う」

「違いが、分かりません」

「違う」とアルブレヒトは、繰り返した。

その言い方には、いつもの余裕がなかった。

「殿下」

「なんだ」

「なぜ、そこまでして、私を連れて行きたいのですか」

アルブレヒトは、少し、間を置いた。

「見せる必要がある」

「誰にですか」

「……宮廷の者たちに」

「私を、見せて、何になるのですか」

アルブレヒトは、答えなかった。

ただ、窓の外を見た。

その横顔に、疲れのようなものが見えた。

これまで、エルザが見たことのない表情だった。

「殿下は、お疲れのようです」

「そう見えるか」

「はい」

アルブレヒトは、小さく笑った。

自嘲めいた笑いだった。

「お前には、隠せないな」

「隠しているつもりでも、顔に出るものです」

「お前もそうか」

「私は、隠すつもりもありません」

「羨ましいことだ」

その言葉には、初めて、皮肉ではない響きがあった。

エルザは、少し戸惑った。

「殿下」

「なんだ」

「何か、事情がおありなのですか」

アルブレヒトは、しばらく、答えなかった。

「話しても、変わらないことだ」

「変わらなくても、聞くことはできます」

アルブレヒトは、エルザを見た。

その目に、迷いのようなものがあった。


やがて、静かに首を振った。

「今は、まだ、話せない」

「また、それですか」

「そうだ」

「いつか話す、が、口癖のようになっています」

アルブレヒトは、また、小さく笑った。

「否定はしない」

それだけ言って、アルブレヒトは、部屋を出て行った。

エルザは、青いドレスを、もう一度見た。

目の色に合わせた、という言葉が、耳に残っていた。

好意だとしても、それだけでは、説明のつかない何かが、彼にはある気がした。


夜、マルタが、ドレスの採寸に来た。

「エルザ様」

「なに」

「舞踏会が、怖くはありませんか」

エルザは、少し考えた。

「怖い、というより、想像がつかないの」

「想像が」

「村の暮らししか、知らないから」

マルタは、優しく微笑んだ。

「私が、できる限り、お助けします」

「ありがとう」


窓の外で、風鈴草が揺れていた。

十日後には、この庭とは、まるで違う光の下に立つことになる。

エルザは、それを、まだ、うまく想像できなかった。


つづく


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