第八話「舞踏会の招待と、青いドレスの理由」
数日後、マルタが、大きな箱を抱えて部屋に来た。
「これは」
「ドレスです。殿下からの、ご指示で」
箱を開けると、青いドレスが入っていた。
深い青だった。
「これは」
「舞踏会用のドレスです」
「舞踏会」
「十日後にございます。殿下が、エルザ様を、お連れになると」
エルザは、しばらく、ドレスを見ていた。
「断ることは」
「難しいかと」
マルタの声が、少し沈んだ。
「マルタ」
「はい」
「なぜ、青いドレスなの」
マルタは、少し言いにくそうにした。
「殿下が、お選びになりました」
「理由は」
「……エルザ様の目の色に、合わせたと」
エルザは、それを聞いて、何も言えなかった。
好意なのか、道具として整えられているだけなのか、判別がつかなかった。
その日の夕方、アルブレヒトが部屋に来た。
「ドレスは、届いたか」
「届きました」
「気に入ったか」
「殿下が、お選びになったものです」
「感想を聞いている」
「立派なドレスだと思います」
「それだけか」
「それだけです」
アルブレヒトは、小さく息を吐いた。
「舞踏会のことだが」
「伺いました」
「私の婚約者として、紹介する」
「婚約はしておりません」
「今夜からは、そういうことにする」
エルザは、アルブレヒトを見た。
「私の同意なく、ですか」
「今の段階では、体裁の話だ。本当の婚約とは違う」
「違いが、分かりません」
「違う」とアルブレヒトは、繰り返した。
その言い方には、いつもの余裕がなかった。
「殿下」
「なんだ」
「なぜ、そこまでして、私を連れて行きたいのですか」
アルブレヒトは、少し、間を置いた。
「見せる必要がある」
「誰にですか」
「……宮廷の者たちに」
「私を、見せて、何になるのですか」
アルブレヒトは、答えなかった。
ただ、窓の外を見た。
その横顔に、疲れのようなものが見えた。
これまで、エルザが見たことのない表情だった。
「殿下は、お疲れのようです」
「そう見えるか」
「はい」
アルブレヒトは、小さく笑った。
自嘲めいた笑いだった。
「お前には、隠せないな」
「隠しているつもりでも、顔に出るものです」
「お前もそうか」
「私は、隠すつもりもありません」
「羨ましいことだ」
その言葉には、初めて、皮肉ではない響きがあった。
エルザは、少し戸惑った。
「殿下」
「なんだ」
「何か、事情がおありなのですか」
アルブレヒトは、しばらく、答えなかった。
「話しても、変わらないことだ」
「変わらなくても、聞くことはできます」
アルブレヒトは、エルザを見た。
その目に、迷いのようなものがあった。
やがて、静かに首を振った。
「今は、まだ、話せない」
「また、それですか」
「そうだ」
「いつか話す、が、口癖のようになっています」
アルブレヒトは、また、小さく笑った。
「否定はしない」
それだけ言って、アルブレヒトは、部屋を出て行った。
エルザは、青いドレスを、もう一度見た。
目の色に合わせた、という言葉が、耳に残っていた。
好意だとしても、それだけでは、説明のつかない何かが、彼にはある気がした。
夜、マルタが、ドレスの採寸に来た。
「エルザ様」
「なに」
「舞踏会が、怖くはありませんか」
エルザは、少し考えた。
「怖い、というより、想像がつかないの」
「想像が」
「村の暮らししか、知らないから」
マルタは、優しく微笑んだ。
「私が、できる限り、お助けします」
「ありがとう」
窓の外で、風鈴草が揺れていた。
十日後には、この庭とは、まるで違う光の下に立つことになる。
エルザは、それを、まだ、うまく想像できなかった。
つづく




