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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十四章 連れ去られたエルザと、青いドレスの日々

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第七話「配置替えと、謝らない詫び」


数日、庭に出ることを許されなかった。

部屋に籠もる日々が続いた。

マルタだけが、変わらず出入りした。

「クルトは、どこに」とエルザは、また聞いた。

「北の門番に、配置替えになったそうです」

「会えるの」

「難しいかと」

エルザは、それ以上、何も言わなかった。

言っても、変わらないことは分かっていた。


四日目の朝、扉が叩かれた。

アルブレヒトだった。

「入っていいか」

「もう入っておられます」

アルブレヒトは、小さく笑った。

苦笑に近かった。

「相変わらずだな」

「変わる理由がありません」

アルブレヒトは、椅子に座った。

しばらく、何も言わなかった。

エルザも、待った。

「クルトのことだが」とアルブレヒトが、ようやく口を開いた。

「配置替えになったと聞きました」

「私が、そうさせた」

「存じています」

「怒っているか」

「怒る立場にありません」

「怒っているように聞こえる」

「聞こえるだけです」

アルブレヒトは、窓の外を見た。

「あの男が悪いわけではない。ただの見張りだ」

「では、なぜ」

「お前が、あの男に、心を許しているように見えたからだ」

エルザは、しばらく、アルブレヒトを見ていた。

「心を許す、というほどのことでは」

「そう見えた」

「殿下の目には、そう見えるかもしれません。でも、私にとっては、ただの会話です」

「その会話が、私には、許せなかった」

エルザは、その言葉に、少し驚いた。

初めて、彼が「許せなかった」と、率直に言った瞬間だった。

沈黙が続いた。

アルブレヒトが、先に口を開いた。

「悪かった」

エルザは、耳を疑った。

「今、何と」

「悪かった、と言った」

「殿下が、謝られるのですか」

「めったにないことだ」

「初めて聞きました」

アルブレヒトは、少し、ばつが悪そうな顔をした。

「あの男を、元の配置に戻す」

「本当ですか」

「本当だ」

エルザは、少し、警戒した。

「なぜ、急に」

「……分からない」とアルブレヒトは言った。「ただ、お前に、そんな顔をさせたくないと思った」

「そんな顔とは」

「今、していた顔だ」

エルザは、自分の顔に触れた。

どんな顔をしていたのか、自分では分からなかった。

「殿下」

「なんだ」

「一つ、伺ってもいいですか」

「聞こう」

「私を、妻に迎えたい理由は、本当に、それだけですか」

アルブレヒトの表情が、わずかに動いた。

「それだけ、とは」

「はっきり物を言うところが、気に入った。それだけですか」

アルブレヒトは、しばらく、答えなかった。

その沈黙が、いつもより長かった。

「……他に、何があると思う」

「分かりません。だから、伺っています」

アルブレヒトは、目を逸らした。

窓の外の庭を見た。

「今は、答えられない」

「今は、ということは、いずれ答えられるのですか」

「……分からない」

その答え方は、これまでの彼らしくなかった。

いつもなら、はぐらかすか、笑って流すか、どちらかだった。

今日は、どちらでもなかった。

エルザは、それを、不思議に思った。

「殿下は、何かに、急かされているのですか」

アルブレヒトは、はっとした顔をした。

「なぜ、そう思う」

「時々、そういう顔をなさいます。焦っているような」

アルブレヒトは、しばらく、エルザを見ていた。

それから、静かに立ち上がった。

「考えすぎだ」

「そうでしょうか」

「今日は、これで失礼する」

アルブレヒトは、それ以上答えず、部屋を出て行った。

扉は、今日は、静かに閉められた。


その日の午後、クルトが庭に戻ってきた。

エルザが庭に出ると、クルトは、いつもの無表情で、いつもの場所に立っていた。

「戻ってきたのね」

「……はい」

「良かった」

クルトは、少し、戸惑った顔をした。

「エルザ様の、おかげだと聞きました」

「私は、何もしていないわ」

「そう伺っています」

それ以上、クルトは何も言わなかった。

ただ、いつもより、少しだけ、姿勢が柔らかく見えた。

風鈴草が、風に揺れていた。

エルザは、それを見ながら、アルブレヒトの言葉を、もう一度思い返していた。

「今は、答えられない」

その言葉の奥に、何かがある気がした。

それが何なのか、まだ、分からなかった。


つづく


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