第七話「配置替えと、謝らない詫び」
数日、庭に出ることを許されなかった。
部屋に籠もる日々が続いた。
マルタだけが、変わらず出入りした。
「クルトは、どこに」とエルザは、また聞いた。
「北の門番に、配置替えになったそうです」
「会えるの」
「難しいかと」
エルザは、それ以上、何も言わなかった。
言っても、変わらないことは分かっていた。
四日目の朝、扉が叩かれた。
アルブレヒトだった。
「入っていいか」
「もう入っておられます」
アルブレヒトは、小さく笑った。
苦笑に近かった。
「相変わらずだな」
「変わる理由がありません」
アルブレヒトは、椅子に座った。
しばらく、何も言わなかった。
エルザも、待った。
「クルトのことだが」とアルブレヒトが、ようやく口を開いた。
「配置替えになったと聞きました」
「私が、そうさせた」
「存じています」
「怒っているか」
「怒る立場にありません」
「怒っているように聞こえる」
「聞こえるだけです」
アルブレヒトは、窓の外を見た。
「あの男が悪いわけではない。ただの見張りだ」
「では、なぜ」
「お前が、あの男に、心を許しているように見えたからだ」
エルザは、しばらく、アルブレヒトを見ていた。
「心を許す、というほどのことでは」
「そう見えた」
「殿下の目には、そう見えるかもしれません。でも、私にとっては、ただの会話です」
「その会話が、私には、許せなかった」
エルザは、その言葉に、少し驚いた。
初めて、彼が「許せなかった」と、率直に言った瞬間だった。
沈黙が続いた。
アルブレヒトが、先に口を開いた。
「悪かった」
エルザは、耳を疑った。
「今、何と」
「悪かった、と言った」
「殿下が、謝られるのですか」
「めったにないことだ」
「初めて聞きました」
アルブレヒトは、少し、ばつが悪そうな顔をした。
「あの男を、元の配置に戻す」
「本当ですか」
「本当だ」
エルザは、少し、警戒した。
「なぜ、急に」
「……分からない」とアルブレヒトは言った。「ただ、お前に、そんな顔をさせたくないと思った」
「そんな顔とは」
「今、していた顔だ」
エルザは、自分の顔に触れた。
どんな顔をしていたのか、自分では分からなかった。
「殿下」
「なんだ」
「一つ、伺ってもいいですか」
「聞こう」
「私を、妻に迎えたい理由は、本当に、それだけですか」
アルブレヒトの表情が、わずかに動いた。
「それだけ、とは」
「はっきり物を言うところが、気に入った。それだけですか」
アルブレヒトは、しばらく、答えなかった。
その沈黙が、いつもより長かった。
「……他に、何があると思う」
「分かりません。だから、伺っています」
アルブレヒトは、目を逸らした。
窓の外の庭を見た。
「今は、答えられない」
「今は、ということは、いずれ答えられるのですか」
「……分からない」
その答え方は、これまでの彼らしくなかった。
いつもなら、はぐらかすか、笑って流すか、どちらかだった。
今日は、どちらでもなかった。
エルザは、それを、不思議に思った。
「殿下は、何かに、急かされているのですか」
アルブレヒトは、はっとした顔をした。
「なぜ、そう思う」
「時々、そういう顔をなさいます。焦っているような」
アルブレヒトは、しばらく、エルザを見ていた。
それから、静かに立ち上がった。
「考えすぎだ」
「そうでしょうか」
「今日は、これで失礼する」
アルブレヒトは、それ以上答えず、部屋を出て行った。
扉は、今日は、静かに閉められた。
その日の午後、クルトが庭に戻ってきた。
エルザが庭に出ると、クルトは、いつもの無表情で、いつもの場所に立っていた。
「戻ってきたのね」
「……はい」
「良かった」
クルトは、少し、戸惑った顔をした。
「エルザ様の、おかげだと聞きました」
「私は、何もしていないわ」
「そう伺っています」
それ以上、クルトは何も言わなかった。
ただ、いつもより、少しだけ、姿勢が柔らかく見えた。
風鈴草が、風に揺れていた。
エルザは、それを見ながら、アルブレヒトの言葉を、もう一度思い返していた。
「今は、答えられない」
その言葉の奥に、何かがある気がした。
それが何なのか、まだ、分からなかった。
つづく




