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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十三章 リゼットと、白鷺の国王

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第四話「使者の帰る日」


交渉は無事にまとまり、リゼットの滞在は終わりを迎えた。

出発の朝、王が見送りに出てきた。

側仕えも驚いた様子だった。

普段、王はそういうことをしない人物らしかった。


「陛下、お見送りは——」

「気が向いた」


リゼットは、馬車の前で一礼した。


「お世話になりました」

「また来るか」

「分かりません。次の使者が、私とは限りませんので」


王は、少し間を置いた。

それから、めずらしく、言葉を選ぶような顔をした。


「次の使者を、お前に固定するよう、礎の国に正式に要請する」

リゼットは、少し止まった。


「それは——外交上、異例では」

「異例だ」

「理由を伺っても」

「検問の話を、また詰める必要がある。長期的に、同じ人間が窓口である方が、効率がいい」

「合理的な理由ですね」

「ああ」


リゼットは、王を見た。

即答の速さの裏にあるものを、もう知っていた。

だから、この言葉の裏にあるものも、なんとなく、分かった。


「分かりました」とリゼットは言った。「礎の国に、戻り次第、要請の件をお伝えします」

「頼む」

「それから——陛下」

「なんだ」


リゼットが続きを言う前に、王が言った。


「フワン草だ」


リゼットは、止まった。


「……え」

「花の名だ。フワン草という」

「今は、ないと、おっしゃったのでは」

「誰にも言うな」

「誰にも言うな。今、言っただけだ」

「では、私だけが」

「そうなる」


リゼットは、しばらく黙った。


「ありがとうございます」

「名前がなくても、毎年咲くがな」


リゼットは、少し笑った。


「それは、誰かの受け売りですか」

「以前、そんな話をよく聞いた」

「どなたからですか」

「我が妃からだ」


リゼットは、何も言わなかった。

ただ、静かに頷いた。


リゼットは、馬車に乗った。

窓から、最後に庭を見た。

雪はもう、ほとんど残っていなかった。

土の中の芽が、少しだけ伸びていた。


馬車が動き出した。

王は、その場に立って、しばらく見送っていた。

手を振ることはなかった。

ただ、立っていた。


帰りの道で、リゼットは便箋を取り出した。

今度は、誰に書くか、迷わなかった。

本部への報告書の最後に、一行だけ、私信として書き添えた。


——次回の使者は、私を指名するよう、先方より正式な要請があります。受理の判断を、お願いいたします。


それを読み返して、少し笑った。

丁寧に折りたたんで、鞄の奥にしまった。


迷う理由のあるものを、自分も、これから少しずつ、迷っていくのかもしれない。

そう思った。

思ったことを、まだ誰にも言わなかった。


馬車は、礎の国へ向かって、雪解けの道を進んでいった。


第十三章 完


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