第四話「使者の帰る日」
交渉は無事にまとまり、リゼットの滞在は終わりを迎えた。
出発の朝、王が見送りに出てきた。
側仕えも驚いた様子だった。
普段、王はそういうことをしない人物らしかった。
「陛下、お見送りは——」
「気が向いた」
リゼットは、馬車の前で一礼した。
「お世話になりました」
「また来るか」
「分かりません。次の使者が、私とは限りませんので」
王は、少し間を置いた。
それから、めずらしく、言葉を選ぶような顔をした。
「次の使者を、お前に固定するよう、礎の国に正式に要請する」
リゼットは、少し止まった。
「それは——外交上、異例では」
「異例だ」
「理由を伺っても」
「検問の話を、また詰める必要がある。長期的に、同じ人間が窓口である方が、効率がいい」
「合理的な理由ですね」
「ああ」
リゼットは、王を見た。
即答の速さの裏にあるものを、もう知っていた。
だから、この言葉の裏にあるものも、なんとなく、分かった。
「分かりました」とリゼットは言った。「礎の国に、戻り次第、要請の件をお伝えします」
「頼む」
「それから——陛下」
「なんだ」
リゼットが続きを言う前に、王が言った。
「フワン草だ」
リゼットは、止まった。
「……え」
「花の名だ。フワン草という」
「今は、ないと、おっしゃったのでは」
「誰にも言うな」
「誰にも言うな。今、言っただけだ」
「では、私だけが」
「そうなる」
リゼットは、しばらく黙った。
「ありがとうございます」
「名前がなくても、毎年咲くがな」
リゼットは、少し笑った。
「それは、誰かの受け売りですか」
「以前、そんな話をよく聞いた」
「どなたからですか」
「我が妃からだ」
リゼットは、何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
リゼットは、馬車に乗った。
窓から、最後に庭を見た。
雪はもう、ほとんど残っていなかった。
土の中の芽が、少しだけ伸びていた。
馬車が動き出した。
王は、その場に立って、しばらく見送っていた。
手を振ることはなかった。
ただ、立っていた。
帰りの道で、リゼットは便箋を取り出した。
今度は、誰に書くか、迷わなかった。
本部への報告書の最後に、一行だけ、私信として書き添えた。
——次回の使者は、私を指名するよう、先方より正式な要請があります。受理の判断を、お願いいたします。
それを読み返して、少し笑った。
丁寧に折りたたんで、鞄の奥にしまった。
迷う理由のあるものを、自分も、これから少しずつ、迷っていくのかもしれない。
そう思った。
思ったことを、まだ誰にも言わなかった。
馬車は、礎の国へ向かって、雪解けの道を進んでいった。
第十三章 完




