第三話「庭の話」
交渉は、三日かかった。
細部の調整は、思ったより難航した。
それでも王は、毎回、即答だった。
即答であることに、もう驚かなかった。
ただ、その速さの理由を知ってからは、見え方が変わっていた。
最後の日、書類に署名をする王の手を、リゼットは見ていた。
「陛下」
「なんだ」
「即答が、お辛くなることは、ありませんか」
王の手が、一瞬、止まった。
「ある」
「それでも、続けるのですか」
「続けなければ、迷っていた頃に戻る。戻りたくない」
リゼットは、何も言わなかった。
署名を終えた後、王は立ち上がった。
「庭を見ていくか」
「よろしいのですか」
「使者には、見せることになっている」
二人は、庭へ出た。
雪はもう、ほとんど解けていた。
土の中から、小さな緑が、いくつも顔を出していた。
「春には、花が咲く」と王は言った。
「どのような花ですか」
「白い花だ」
「名前は」
「今はない」
リゼットの足が、止まった。
「……今は、ということは」
「昔は、あった」
「なくなった、ということですか」
「そうだ」
リゼットは、しばらく黙った。
胸の奥で、何かが、静かに音を立てた。
「妃は、もういない」と王は言った。
唐突な言葉だった。
だが、唐突に言わなければ、一生言えない種類の言葉だと、リゼットには分かった。
「随分前のことだ。即答するようになったのは、その後だ」
「……そうですか」
「同情は要らない」
「していません」とリゼットは言った。「ただ、聞いています」
王は、わずかに、リゼットを見た。
「お前は」
「なんでしょう」
「棘のある物言いを、しないな」
リゼットは、止まった。
その言葉は、王のものだった。
けれど、意味の芯にあるものは、いつも自分が胸の中で量ってきたものと、同じだった。
人を見て、評価する時に使う、自分だけの物差しと、同じ形をしていた。
誰にも見せたことのない物差しを、違う言葉で、外から言い当てられたことに、リゼットは、静かに戸惑った。
「……陛下も、そう感じられたのですか」
「同情も、詮索も、慰めも、しない。ただ、聞く相手は珍しい」
「私は、それを——礫を投げない、と呼んでおりました」
「礫か」
「人を、言葉で傷つけない方を、そう評しております。いつも、私がする側の言葉でしたので」
「それを、私に言われたのか」
「ええ」とリゼットは言った。「驚いております」
「お前は、人を評価する側の人間か」
「そうかもしれません」
「では、私を、どう評価する」
リゼットは、しばらく王を見た。
それから、芽に目を落とした。
「迷う理由のあるものを、ちゃんと迷える方です」
「それは、評価か」
「ええ」とリゼットは言った。「迷わない方ばかり見てきましたので」
王は、何も言わなかった。
ただ、ごく小さく、口の端を上げた。
不慣れな、けれど確かな、笑い方だった。
つづく




