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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十三章 リゼットと、白鷺の国王

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第三話「庭の話」


交渉は、三日かかった。

細部の調整は、思ったより難航した。

それでも王は、毎回、即答だった。

即答であることに、もう驚かなかった。

ただ、その速さの理由を知ってからは、見え方が変わっていた。


最後の日、書類に署名をする王の手を、リゼットは見ていた。


「陛下」

「なんだ」

「即答が、お辛くなることは、ありませんか」

王の手が、一瞬、止まった。


「ある」

「それでも、続けるのですか」

「続けなければ、迷っていた頃に戻る。戻りたくない」


リゼットは、何も言わなかった。

署名を終えた後、王は立ち上がった。


「庭を見ていくか」

「よろしいのですか」

「使者には、見せることになっている」


二人は、庭へ出た。

雪はもう、ほとんど解けていた。

土の中から、小さな緑が、いくつも顔を出していた。


「春には、花が咲く」と王は言った。

「どのような花ですか」

「白い花だ」

「名前は」

「今はない」


リゼットの足が、止まった。


「……今は、ということは」

「昔は、あった」

「なくなった、ということですか」

「そうだ」


リゼットは、しばらく黙った。

胸の奥で、何かが、静かに音を立てた。


「妃は、もういない」と王は言った。

唐突な言葉だった。

だが、唐突に言わなければ、一生言えない種類の言葉だと、リゼットには分かった。


「随分前のことだ。即答するようになったのは、その後だ」

「……そうですか」

「同情は要らない」

「していません」とリゼットは言った。「ただ、聞いています」


王は、わずかに、リゼットを見た。


「お前は」

「なんでしょう」

「棘のある物言いを、しないな」


リゼットは、止まった。

その言葉は、王のものだった。

けれど、意味の芯にあるものは、いつも自分が胸の中で量ってきたものと、同じだった。

人を見て、評価する時に使う、自分だけの物差しと、同じ形をしていた。

誰にも見せたことのない物差しを、違う言葉で、外から言い当てられたことに、リゼットは、静かに戸惑った。


「……陛下も、そう感じられたのですか」

「同情も、詮索も、慰めも、しない。ただ、聞く相手は珍しい」

「私は、それを——礫を投げない、と呼んでおりました」

「礫か」

「人を、言葉で傷つけない方を、そう評しております。いつも、私がする側の言葉でしたので」

「それを、私に言われたのか」

「ええ」とリゼットは言った。「驚いております」

「お前は、人を評価する側の人間か」

「そうかもしれません」

「では、私を、どう評価する」


リゼットは、しばらく王を見た。

それから、芽に目を落とした。


「迷う理由のあるものを、ちゃんと迷える方です」

「それは、評価か」

「ええ」とリゼットは言った。「迷わない方ばかり見てきましたので」


王は、何も言わなかった。

ただ、ごく小さく、口の端を上げた。

不慣れな、けれど確かな、笑い方だった。


つづく


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