二年目、および、三年目
冬、カイルからの手紙が、いつもより遅れて届いた。
マティアス
返事が遅れた。
少し、忙しかった。
北の国境で、小さな衝突があった。
大きな被害はない。
ただ、初めて、剣を人に向けた。
オッホンとは、書けなかった。
今回だけは。
カイル
マティアスは、その手紙を、長く見ていた。
それから、便箋を出した。
カイル
初めての実戦は、誰でも重い。
重さは、慣れても消えない。
慣れるのは、扱い方だけだ。
無理に軽くしようとするな。
今回だけは、オッホンと書かなくていい。
マティアス
返事は、いつもより早く来た。
マティアス
ありがとう。
オッホンと書かなくていい、という一文が、存外、効いた。
お前の手紙は、いつも短いが、時々、長い手紙より効く。
カイル
追伸 次はまた、オッホンと書く。
二年目・春
春、マティアスも、異動になった。
西方の国境警備だった。
手紙で、それを伝えた。
カイル
異動になった。
西方だ。
北ほど寒くはないが、雨が多いと聞いている。
マティアス
返事は、すぐに来た。
マティアス
西方か。
雨は、慣れると悪くない。
私は北の寒さに、まだ慣れない。
慣れない方が、正常な気もする。
オッホン。
ところで、お前、最近、少し文面が変わったな。
昔より、一文が長い。
何かあったか。
カイル
マティアスは、その指摘に、少し驚いた。
自覚はなかった。
便箋を出した。
カイル
文面が変わったという自覚はない。
西方の空気が、合っているだけかもしれない。
それ以上の理由は、思い当たらない。
マティアス
二年目・夏
夏、カイルから、珍しく私的な内容の手紙が来た。
マティアス
士官学校時代の話を、ふと思い出した。
お前が、羅針盤を逆に読んで、三時間、見当違いの方向に歩いた夜だ。
あの夜、私は、ただ隣を歩いた。
理由は、特になかった。
歩きたいから、歩いた。
それだけだった。
なぜ、今になって、それを思い出したのか、自分でも分からない。
カイル
追伸 オッホン。
マティアスは、その手紙を、しばらく見ていた。
それから、便箋を出した。
カイル
あの夜のことは、私も覚えている。
理由のない同行を、私はまだ、うまく説明できない。
ただ、悪くなかった、とは言える。
マティアス
三年目・冬
三年目の冬、二人とも、南方の同じ駐屯地に配属された。
久しぶりに、直接顔を合わせることになった。
「オッホン」
カイルは、開口一番、それだけ言った。
「相変わらずだな」とマティアスは言った。
「お前もな」
二人は、しばらく、互いを見た。
それから、どちらからともなく、歩き出した。
「手紙、まだ持っているか」とカイルが聞いた。
「引き出しに入っている」
「全部か」
「全部だ」
カイルは、少し驚いた顔をした。
「捨てないのか」
「捨てる理由がない」
「意外だな」
「そうか」
「お前は、そういうものに、興味がない男だと思っていた」
マティアスは、少し考えた。
「私も、そう思っていた」
夜、駐屯地の窓から、南方の星を見た。
二人並んで、しばらく、何も言わなかった。
「マティアス」
「なんだ」
「これから、また、どこかに配属されるだろう」
「そうだろうな」
「その度に、手紙を書け」
「言われなくても、書く」
「オッホンとは、書くな。私だけの特権だ」
「書かない」
カイルは、満足そうな顔をした。
星は、変わらず、静かに光っていた。
まだ、エルザという名前を、どちらも知らなかった。
ヴァイス村という村の存在も、まだ、知らなかった。
それでも、引き出しの中には、三年分の手紙が、静かに積み重なっていた。
つづく




