一年目
一年目・春
マティアスの引き出しは、まだ空だった。
そこに、最初の手紙が入った。
差出人はカイルだった。
マティアスへ
異動になった。
北の国境守備隊だ。
寒い。
お前は南方だと聞いた。
暑いか。
カイル
追伸 オッホン。
マティアスは、その手紙を読んだ。
「オッホン」だけで一枚使う男だと、改めて思った。
便箋を出した。
カイル
異動、了解した。
南方は暑い。
以上だ。
マティアス
封をした。
これが、最初のやり取りだった。
特に意味のある内容ではなかった。
それでも、引き出しに、初めて何かが入った。
一年目・夏
返事は、一月後に来た。
マティアス
「以上だ」で終わる手紙は、初めて見た。
お前らしいと言えば、お前らしい。
こちらは、相変わらず寒い。
夏でも寒い。
部下が三人、風邪をひいた。
指揮官が一番丈夫だ。
カイル
追伸 お前の部隊はどうだ。
マティアスは、指揮官が一番丈夫だ、という一文に、少しだけ、口の端を上げた。
便箋を出した。
カイル
部隊は問題ない。
暑さで士気が落ちる者もいるが、訓練を増やせば忘れる。
夏でも寒い土地というのは、想像しづらい。
一度、見ておくべきかもしれない。
マティアス
一年目・秋
秋、カイルから、少し長い手紙が来た。
マティアス
北の国境は、静かだ。
静かすぎて、時々、何かあるのではないかと勘繰る。
先日、視察の一団が通った。
王家の紋章がついた馬車だった。
何の視察かは、聞かされなかった。
聞かない方がいい類の話だと、経験で分かる。
オッホン。
それはそれとして、聞きたいことがある。
お前は、休暇をどう過ごしている。
私は、何もしていない。
何もしていないことに気づいて、少し驚いた。
カイル
マティアスは、その手紙を、二度読んだ。
「王家の紋章」という一文のところで、少し止まった。
理由は、自分でも分からなかった。
便箋を出した。
カイル
休暇は、報告書の整理に使っている。
何もしていないことに驚くというのは、休暇の使い方としては、健全なのかもしれない。
視察の話は、詳しく聞くな。
聞かない方がいい類の話だ、というお前の判断は、正しい。
マティアス
追伸 王家の紋章について、それ以上は書くな。手紙は、どこかで見られている可能性がある。
つづく




