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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十二章 エルザと、双子と、約束の夜

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第三話「それから」


エルザは、その約束を、守り続けた。


フワンには、何も言わなかった。

「お母さんは、病気で死んだの」と、フワンが聞くたびに、そう答えた。

嘘をつくたびに、胸の奥が、少し痛んだ。

痛みには、慣れなかった。

慣れないまま、繰り返した。


村の誰にも、言わなかった。

村長が、時々、何かを察しているような目でエルザを見ることがあった。

それでも、聞かれることはなかった。

聞かれないことが、ありがたかった。


夜、フワンが寝入った後、エルザは、時々、一人で、白い花畑に座った。

いないはずの妹のことを、考えた。

顔も知らない。

声も知らない。

それでも、確かに、いたはずの誰か。


「生きてるといいな」

誰にも聞こえないところで、そう呟くことがあった。

花畑は、答えなかった。

ただ、風に揺れるだけだった。


フワンには、いつも、明るくいた。

「フワンの分まで、元気でいなきゃ」と、自分に言い聞かせた。

本当は、フワンの分だけではなかった。

言えない秘密の分まで、元気でいなければならなかった。

そうでなければ、崩れてしまいそうだった。


秘密は、重かった。

重かったが、エルザは、それを、村を守るための重さだと思うことにした。

フワンを守るための重さだと。

そう思わなければ、五歳の自分が背負わされたものの意味を、持ちこたえられなかった。


アルブレヒトが、王都へ誘った時も、エルザは断った。

理由は、村への愛着だけではなかった。

村を離れれば、いつか母が戻る場所を、自分が捨てることになる気がした。

そして、村を離れれば、誰かに、この秘密を、うっかり漏らしてしまうかもしれない、という恐れもあった。


エルザは、誰よりも、はっきりと物を言う娘だった。

それは、言えることと、言えないことの境界線を、五歳の頃から、ずっと引き続けてきたからだった。

言える範囲では、誰よりも率直でいられた。

その代わり、その境界の向こうにあるものについては、誰にも、一言も、漏らさなかった。


白い花が、毎年、丘に咲いた。

名前のない花だった。

エルザは、その花を見るたびに、あの夜のことを思い出した。

母の震える声。

握り返した手の感触。

そして、まだどこかにいるかもしれない、顔も知らない妹のこと。


それで、十分だった。

十分だと、思うしかなかった。


つづく


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