第三話「それから」
エルザは、その約束を、守り続けた。
フワンには、何も言わなかった。
「お母さんは、病気で死んだの」と、フワンが聞くたびに、そう答えた。
嘘をつくたびに、胸の奥が、少し痛んだ。
痛みには、慣れなかった。
慣れないまま、繰り返した。
村の誰にも、言わなかった。
村長が、時々、何かを察しているような目でエルザを見ることがあった。
それでも、聞かれることはなかった。
聞かれないことが、ありがたかった。
夜、フワンが寝入った後、エルザは、時々、一人で、白い花畑に座った。
いないはずの妹のことを、考えた。
顔も知らない。
声も知らない。
それでも、確かに、いたはずの誰か。
「生きてるといいな」
誰にも聞こえないところで、そう呟くことがあった。
花畑は、答えなかった。
ただ、風に揺れるだけだった。
フワンには、いつも、明るくいた。
「フワンの分まで、元気でいなきゃ」と、自分に言い聞かせた。
本当は、フワンの分だけではなかった。
言えない秘密の分まで、元気でいなければならなかった。
そうでなければ、崩れてしまいそうだった。
秘密は、重かった。
重かったが、エルザは、それを、村を守るための重さだと思うことにした。
フワンを守るための重さだと。
そう思わなければ、五歳の自分が背負わされたものの意味を、持ちこたえられなかった。
アルブレヒトが、王都へ誘った時も、エルザは断った。
理由は、村への愛着だけではなかった。
村を離れれば、いつか母が戻る場所を、自分が捨てることになる気がした。
そして、村を離れれば、誰かに、この秘密を、うっかり漏らしてしまうかもしれない、という恐れもあった。
エルザは、誰よりも、はっきりと物を言う娘だった。
それは、言えることと、言えないことの境界線を、五歳の頃から、ずっと引き続けてきたからだった。
言える範囲では、誰よりも率直でいられた。
その代わり、その境界の向こうにあるものについては、誰にも、一言も、漏らさなかった。
白い花が、毎年、丘に咲いた。
名前のない花だった。
エルザは、その花を見るたびに、あの夜のことを思い出した。
母の震える声。
握り返した手の感触。
そして、まだどこかにいるかもしれない、顔も知らない妹のこと。
それで、十分だった。
十分だと、思うしかなかった。
つづく




