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マティアス・クロイツァーその人。  作者: Kentarou Tou
第十二章 エルザと、双子と、約束の夜

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第二話「五歳の夜」


エルザは、五歳だった。


その夜、イレーネは、エルザだけを、外に連れ出した。

フワンは、もう眠っていた。

月が出ていた。

白い花が、月明かりの中で、揺れていた。


「エルザ」

「なあに、お母さん」

「大事な話をします」

イレーネの声は、いつもと違った。

低く、静かで、でも、震えていた。


「エルザには、妹が、いました」


エルザは、しばらく、母を見ていた。

意味が、よく分からなかった。

「いた、って」

「双子だったの。エルザと、同じ日に生まれた」

「今は」

イレーネは、少し、目を伏せた。

「いなくなったの。誰かに、連れて行かれた」


エルザは、何も言えなかった。

五歳の頭では、うまく飲み込めなかった。

それでも、母の声の震えが、これがどれほど重い話か、教えていた。


「誰が、連れて行ったの」

「分からない。今も、分からない」

「生きてる?」

「分からない」

イレーネは、それだけ言って、しばらく、黙っていた。

それから、エルザの両手を、自分の両手で包んだ。


「エルザ。お母さんは、これから、村を出ます」

「どこに行くの」

「東の、遠い町。ヴェルタという町」

「なんで」

「エルザとフワンを、守るため」

イレーネの目に、光るものがあった。

それでも、声は、揺れなかった。


「フワンには、お母さんは、病気で死んだと、思わせてください」

「うそをつくの?」

「お願い。フワンを守るための、うそです」

「じゃあ、私には」

「エルザにだけ、本当のことを、言っておきたかった。エルザは、覚えていてほしいの」

「なにを」

「お母さんは、生きています。どこかで、必ず。それだけ、忘れないで」


エルザは、母の顔を、じっと見た。

泣いていなかった。

泣けなかった。

何かを、失う前に、もう、何かを、抱えてしまった気がした。


「誰にも、言わないで。フワンにも。村の誰にも」

「なんで」

「言えば、危険になるから。エルザも、フワンも、村も」

「わかった」

「約束できる?」

エルザは、頷いた。

声は、出なかった。

かわりに、母の手を、強く、握り返した。


イレーネは、その手を見て、少しだけ、笑った。

悲しい笑い方だった。

それでも、笑おうとしていた。


「エルザ。強い子ね」

「強くないよ」

「強いわ。今、こうして、話を聞いてくれている。それだけで、十分に強い」


白い花が、風に揺れていた。

名前のない花だった。

その香りだけが、あの夜、変わらずそこにあった。


つづく


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