討伐依頼
ミレーヌが重ねた説明書きを見て、グラムは黙った。
沈黙は拒否ではない。読む気がないわけでもない。ただ、紙に書かれた決まりが多すぎて、どこから覚えればいいのか分からないだけだった。
「グラムさん。先に言っておきます」
「何だ」
「依頼札を取る前に、説明を最後まで聞いてください」
「聞いている」
「途中で受けると言わないでください」
「……分かった」
横でリックが小さく笑った。
ミレーヌはそれを見なかったことにして、受付台に依頼札を置く。札には、ホーンラビット討伐、指定数三体、と書かれていた。
「ホーンラビットは、角を持つ兎型の小型魔獣です。低ランクではありますが、初心者が油断すると脚を刺されます。速いですし、草むらから急に飛び出してきます」
「角で刺すのか」
「はい。特に膝から下を狙うことが多いです。転ばせてから、もう一度突いてくる場合もあります」
「分かった」
「まだ終わっていません」
グラムは口を閉じた。
ミレーヌは説明書きの下の方を指先で叩く。
「討伐証明部位は角です。依頼達成には、ホーンラビット三体分の角が必要です。角が砕けていたり、根元から潰れていたりすると、証明として認められないことがあります」
「角を残す」
「そうです」
「頭は」
「できれば潰さないでください」
「難しいのか」
「普通はそこまで聞かれません」
リックが視線を逸らした。
グラムは真面目に聞いている。だからこそ、ミレーヌも笑うに笑えなかった。
「安全が最優先です。無理に素材を残そうとして怪我をする必要はありません。ただ、今回は正式な討伐依頼です。倒したと証明できる形で持ち帰ること。そこまでが仕事です」
「角三本」
「三体分です。一本角なので、三本で合っています」
「布に包むのか」
「はい。折れないように包んでください。血や土を落とすための布も持っていくといいです」
ミレーヌは、説明書きとは別に小さな紙を差し出した。持ち物の一覧だった。
採取袋。布。小型ナイフ。水袋。簡易地図。応急薬。前回と似ているが、今回は討伐証明を入れるための小箱が増えている。
「小箱がいるのか」
「角を袋にそのまま入れると折れることがあります」
「折れたら駄目か」
「減額です」
「減るのか」
「はい」
グラムは依頼札を見た。
敵を倒すことよりも、倒した後の形が問われる。面倒ではある。だが、決まりは分かった。
少し離れた依頼板の前で、バルドが腕を組んでいた。彼はさっきから黙って聞いていたらしい。
「おい、グラム」
「何だ」
「頭ごと潰すなよ」
「そのつもりはない」
「前回、ポイズンラットの頭が飛んだって聞いたが」
「飛んだ」
「なら、つもりがなくても飛ぶんだろ」
ミレーヌが深く頷いた。
グラムはしばらく考え、短く答える。
「気をつける」
「それでいい。最初から完璧にやれとは言わねえ。ただ、依頼の目的を忘れるな」
「角を残す」
「まずはそれだ」
バルドはそれ以上、グラムの過去やスキルには触れなかった。
彼が知っているのは、登録の時に見聞きしたことと、さっき受付で聞いた報告だけだ。それでも、グラムが普通の新人ではないことだけは、十分に伝わっている。
「リックさん」
「はい」
ミレーヌに呼ばれ、リックが背筋を伸ばした。
「あなたは今日、採取依頼の予定でしたね」
「はい。ホーンラビットの出る区域と近い場所です」
「グラムさんに地図上の注意点を教えてあげてください。ただし、討伐そのものには無理に参加しないこと。危険を感じたら下がること。いいですね」
「分かりました」
グラムはリックを見た。
「危ないなら来るな」
「採取区域までは同じですし、巣穴の場所を知っているんです。僕が全部戦うわけじゃありません」
「そうか」
「それに、前回のお礼もあります。助けてもらったので」
「礼は要らない」
「僕がしたいんです」
グラムは返事に迷った。
礼を受け取ることには、まだ慣れていない。だが、断る理由もすぐには見つからなかった。
「分かった」
「はい」
ミレーヌは二人のやり取りを確認し、受注欄に印を入れた。グラムの金属プレートを預かり、依頼番号を刻んだ小さな留め具を通す。
「これで受注済みです。帰還後は、角三本、討伐場所、時刻、負傷の有無を報告してください」
「負傷もか」
「はい。前回も言いました」
「覚えている」
「なら大丈夫です」
ミレーヌはそこで少しだけ表情を緩めた。
「それと、グラムさん」
「何だ」
「報告は、短すぎると困ります」
「長く話す」
「必要な分だけでいいです」
「難しいな」
「練習です」
リックが横でうなずいた。
「僕も補足します。でも、今回はグラムさんが先に言ってくださいね」
「角三本。場所。怪我」
「あと、何体見たか、逃げた個体がいたか、巣穴が残っていたかもです」
「多い」
「増えましたね」
ギルドを出る前に、二人は西門市場の道具屋へ寄った。
前回と同じ老婆は、グラムの顔を見るなり、小さな小箱を棚から出した。
「今度は何だい」
「角だ」
「あぁ、ホーンラビットかい。じゃあ、これでいい。中に布を詰めておきな」
グラムは小箱を受け取り、蓋の閉まり具合を確かめた。
「硬い」
「そういう時は硬くていいんだよ」
「水袋は硬すぎると駄目だった」
「物による」
「物によるのか」
「世の中はだいたいそうだよ」
グラムは納得したような、していないような顔で硬貨を出した。今度は必要な分だけを数える。老婆はそれを見て、少しだけ目を細めた。
「昨日よりましになったね」
「昨日は出しすぎた」
「昨日も悪くはなかったよ」
「ならいい」
西門を出ると、リックが簡易地図を広げた。
前回の薬草採取区域より、少しだけ森の奥へ入る。だが、まだ初心者が立ち入る範囲だと説明された。
「ホーンラビットは、巣穴の近くに細い足跡が残ります。普通の兎より深いです。角がある分、頭が重いらしくて、跳ねた後に前足の跡が強く出るんです」
「前足を見る」
「はい。あと、草の切れ方です。硬い草を角で払うことがあるので、斜めに切れた跡が残ります」
「分かった」
グラムは地図ではなく、道の先を見ていた。
リックは少し不安そうに顔を覗き込む。
「聞いてました?」
「前足。草の切れ方。巣穴」
「聞いてましたね」
「聞くと言った」
「すみません」
森に入ると、空気が少しだけ湿った。
鳥の声と、遠くの水音。前回より人の気配は少ない。リックは薬草袋を肩に掛け、グラムの少し後ろを歩いた。
「このあたりから、たまに出ます。僕は近づきすぎないので、巣穴の場所だけ言います」
「ああ」
「無理に追いかけないでください。巣穴の奥まで手を入れると噛まれます」
「手は入れない」
「よかったです」
しばらく進んだところで、グラムが足を止めた。
道の端、柔らかい土の上に、小さな跡が並んでいる。前足の跡が深い。草の先が斜めに裂け、まだ乾いていない。
「ここか」
「え?」
リックが慌ててしゃがみ込む。
土の跡を見て、彼は目を丸くした。
「足跡、分かるんですか?」
「追うのは慣れている」
「僕、説明したばかりなのに」
「説明があったから分かった」
グラムは短く答え、腰の剣にはまだ触れなかった。
草むらの奥で、何かが跳ねる小さな音がした。
リックが息を呑む。
「近いです」
「ああ」
グラムは小箱の位置を確認し、地面の足跡をもう一度見た。
角を残す。場所を覚える。怪我を報告する。
今回の依頼で必要なことは、もう聞いた。
草むらが、低く揺れた。
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この作品とは別で「スローライフってそういう事じゃなくって」という作品を書いております!
この奴隷剣闘士よりも情景描写や心理描写に焦点を当てた作品となっております。気になる方はぜひそちらも読んでください!!




