第40話:不運の死角と鋼鉄の迷い道
宿での休息も束の間。軍事区を後にしたエイトたちは、大陸中央に聳える『白亜の塔』を目指して、崩落の進む「外縁連絡路」を進んでいました。
しかし、右目の視力を失ったエイトにとって、荒廃した足場は「一歩ごとに命を賭ける」危険な盤上と化しています。
不自由なエイトの「右側」を巡り、三奈と樹の静かなる火花が、再び散り始めます。
「……クソっ、距離感がまるで掴めねえな……」
瓦礫が累々と重なる高架路。エイトは、包帯で覆われた右目を無意識に押さえた。
片目での視界は平面的で、足元の亀裂が十センチの段差なのか、数十メートルの奈落なのかさえ判別が難しい。
「危ない、マスター。……私の肩に掴まって。……なんなら抱きしめてくれてもいい。むしろ推奨」
「……抱きしめねえよ、……まあ、肩は借りるぞ」
三奈が淡々とした動作でエイトの右側に回り込み、その腕を自身の細い肩に乗せる。
冷徹な瞳はエイトの足元だけを凝視しており、まじめに補佐をする気はあるようだ。
「……マスター。気をつけて。そんな足取りでは心配。夜のベッドも私が寄り添う」
「……寄り添うな。寝るのは一人で大丈夫だ…」
「ふふふ、三奈さん。いけませんよ? エイトさんに寄り添うのは妻の役目です。」
背後から、おっとりと、しかし空気を凍らせるような声が響いた。
樹が、自分の体格の数倍はある巨大な鉄材を片手で軽々と退かしながら、柔らかな笑みを浮かべて横に並ぶ。
「旦那様。まだ傷が癒えてないのですから無理をなさらずに。なんでしたら私が運んで差し上げますよぉ?」
「……樹。……気持ちは嬉しいが、俺も男だ。女に運ばれるのは流石に厳しい……それに、お前の跳躍力で飛ばれたら、俺の体が保たん」
「うふふ、大丈夫ですよぉ。力加減は問題ありません。安心してくださいませ。」
樹が近くにある木に手が触れると「メキッ」っと音を立てて倒れる。
「……どこをどう見て安心できるんだ?」
三奈は眉一つ動かさず、しかしエイトの腕を掴む指先に力を込める。
「……樹には任せられない。それじゃマスターが潰れる」
「……三奈さん。エイトさんは急いでるんですよ? それでは日が暮れてしまいます。」
二人の間から立ち上る「殺気」と「圧」に、エイトの左目が痙攣した。
バルトロとの戦いよりも、今の状況の方が精神力を削られる。
【天の声8】
[ 警告:高エネルギーの衝突を予測。……お二人に取り合われた場合の生存率は……10%未満です]
(……そんな報告はいらねえ!)
エイトが二人を止めようと口を開きかけた、その瞬間。
――シュッ!
空気を切り裂く鋭い風切り音が響き、一本の銀色の「矢」がエイトの足先、わずか数ミリの地面に突き刺さった。
「……止まれ! その先は、神域へと続く禁足地だ」
白い霧を切り裂き、高架路の先に人影が現れた。
巨大な和弓を携え、白い狩衣を纏った青年。その胸元には、鈍く光る『10』の数字。
「……十番、か。……三奈、樹、喧嘩はやめだ。……ロクでもねえお客様のお出ましだぜ」
エイトは左目だけで、霧の中から現れた新たな「壁」を睨みつけた。
イチカの待つ白亜の塔は、まだ、遥か先にある。
第40話、お読みいただきありがとうございました。
「宿屋」から「高架路の道中」へと舞台を移し、最後にはナンバー10が登場し、物語は新たな局面へと向かいます。
次回、第41話。
ナンバー10が求めるのは、力ではなく「精度」。
右目を失ったエイトはこのピンチを切り抜けることができるのか…
どうぞお楽しみに。




