第33話:虚構の叙事詩(エピック)、断罪のダイス
ナンバー持ちではない鼠との戦い。
鼠は自分の力ではない七花からのルールブックを手にエイトを追い詰める。
エイトは改変された天の声8の解析を味方にどうクリアするのか…
カビ臭い店の奥、鼠がニヤリと笑いながら取り出したのは、鈍い銀の装飾が施された一冊の古書だった。表紙には、見覚えのある歪んだ『7』の刻印が刻まれている。
「ヒッヒッ……これはね、女神様から直々に賜った聖遺物……『因果の法典』だ。この部屋で起きることはすべて、この本に記されたルールに縛られる。神の言葉は絶対なんだよ」
鼠が本を開くと、虚空から数巻の羊皮紙が溢れ出し、エイトの周囲を囲むように展開された。
そこには、エイトのこれまでの歩み、そして今この瞬間のステータスが、血のような赤文字で刻まれていく。
【天の声8】
[ 警告:高密度の因果干渉を確認。……現在、この男が構築した『限定的現実』の中に隔離されました。……物理法則、および事象の成否は、男が提示する『難易度(DC)』とダイスの結果によって強制決定されます。 ]
(……台本通りに踊れってか。趣味の悪いTRPGだな)
エイトはテーブルに置かれた三つの黒いダイス『クロノス・キューブ』を見つめる。
鼠が、まるで劇作家のような大仰な仕草でペンを走らせた。
「さあ、第一章だ。――『土砂降りの再会』。エイト君、君は暗い路地裏で、悲鳴を聞く。助けに行きたいなら、君の敏捷性で判定を行え。難易度は……そうだな、15だ」
■ 第一節:再演の路地裏
カジノの地下だったはずの景色が、歪み、溶けていく。
気づけばエイトは、あの忌まわしい雨の夜の路地裏に立っていた。
アスファルトを叩く激しい雨音。そして、曲がり角の先から聞こえる、一美の、あるいはイチカの悲鳴。
「……ッ!」
体が勝手に動こうとする。だが、足が鉛のように重い。
目の前の空間に、半透明のダイスボックスが出現した。
「ヒッヒッ! さあ振れ! 失敗すれば君は転び、恋人の喉元には刃が届く! それがこの物語の序幕だ!」
エイトはカップを握る。掌に伝わるダイスの冷たさは、削り取られた己の寿命の温度だ。
【天の声8】
[ 解析:現在の敏捷性補正……+2。難易度15を突破する確率は35%です。……このままでは失敗します。 ]
(……知ってるよ。だから、博打をやってるんだ)
エイトがダイスを放つ。
三つのダイスが卓上を踊る。出目は「2・4・5」。合計11。補正を加えても13。
目標値の15には届かない。
「失敗だ! 君は無様に足を滑らせ、泥水に顔を突っ込む! 同時に……君の寿命が一年、ペナルティとして徴収される!」
「ぐ……あ……ッ!」
突如、エイトの心臓を焼くような激痛が走った。
視界の端で、髪の一部が真っ白に変色していく。心臓の鼓動が一度、大きく脈打ち、その分だけ確実な死が近づいたことを本能が告げる。
仮想世界の路地裏で、エイトは膝をつき、泥を噛んだ。
「どうしたエイト君! 君の人生なんてこんなものさ! いつだって間に合わない、いつだって救えない。それが君という『キャラクター』の定義なんだからね!」
■ 第二節:三十路の抵抗
鼠の嘲笑が、雨音に混じって降り注ぐ。
だが、泥を舐めたままエイトは、薄く笑った。
「……おい、ネズミ。お前の台本は、随分と古臭いんだな」
「……何だと?」
エイトは震える足で立ち上がり、空のカップを再び手にする。
その瞳は、過去のトラウマに怯える若者のものではない。泥を啜り、敗北を積み重ね、それでもなお博打を続けてきた「三十歳の男」の、執念深い光を宿していた。
「あの日、俺は確かに間に合わなかった。……だがな、今の俺には、お前には見えてねえ『隠しパラメータ』があるんだよ」
【天の声8】
[ …実行権限『エイト』。……ルールブックの記述に『無限ループ』を挿入します。 ]
エイトがダイスを振る。
再び出目は「1・3・2」。失敗。
だが、ダイスが止まろうとした瞬間、出目が数字のまま激しく明滅し、再び回転を始めた。
「な、何だ!? ダイスが止まらない……!? 故障か!?」
「いいや、判定のやり直しだ。……納得のいく目が出るまで、何度でもな」
エイトが指を鳴らす。
止まることのないダイス。それは『8』が司る「無限」の因果。
成功が出るまで、ダイスは物理法則を無視して回り続け、摩擦で卓を焦がしていく。
「ヒ、ヒィッ……!? ルールブックが……書き換えられていく……!? 私の権限が……上書きされて……!」
「判定成功が出るまで、この夜を終わらせねえ。……鼠、お前の台本に、『俺が勝つまで終わらない』っていうルールを書き足してやるよ」
エイトの全身から、漆黒のオーラが立ち昇る。
寿命を削り、存在を削り、その極限でエイトは「天界のルール」そのものをハッキングし始めていた。
■ 第三節:GMの失墜
鼠の顔が恐怖で引き攣る。
ダイスはついに、三つともが『6』の面を見せ――合計18。
難易度15を大幅に超える、絶対的成功が確定した。
その瞬間、路地裏の景色がガラスのように砕け散った。
エイトは一歩、鼠の喉元へと踏み込む。
「……次の章だ。タイトルは『鼠の死に様』。……判定は、俺がやる」
エイトの手の中で、クロノス・キューブが真っ赤に熱を帯びた。
それはもはや、寿命を吸うダイスではない。因果そのものを叩き潰す凶器へと変質していた。
第33話、お読みいただきありがとうございました。
「ルールブック」という絶対的な権威を逆手に取り、エイトが持つ『8』の特性を「ダイスの無限再投」として昇華させた一戦。
30歳の男としての「図太さ」と、天の声8の解析能力が組み合わさることで、七花から与えられた聖遺物さえも侵食していくエイトの狂気が際立ちました。
寿命を一年削られながらも、それすら「チップ」として当然のように差し出すエイト。
鼠はこのまま敗北し、情報の核を明け渡すのか。あるいは、GMとしての最後の「禁じ手」を繰り出してくるのか。
次回、第34話。
『因果の法典』を奪い取り、エイトはついに軍事区への「侵入コード」を手に入れます。
しかし、その頃、街の外では三奈と樹が、エイトへの執着ゆえの「最悪の選択」を迫られていた……。
どうぞお楽しみに!




