第23話:死神の揺らぎ、三十路の逆レイズ
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命を賭けた極限のロシアンルーレット、第二ラウンド。
エイトの洞察と、三奈の秘めたる支援。
二人の連携が、絶対無敗を誇るリボルの支配に、初めて確かな「亀裂」を入れます。
確率はもはや、エイトの手の中にありました。
迷宮の最深部に漂う、焦げた火薬の匂いと腐食した鉄の異臭。
天界の歯車が噛み合う不気味な音が、一定のリズムで俺の鼓膜を叩き続けていた。
一発目。確率は六分の一。俺はそれを、ただの幸運で切り抜けたわけじゃない。
この不条理な空間において、運などは所詮、勝者が後付けで語る言い訳に過ぎないのだ。
「……くくっ。一発目は外れか。いいぜ、テメーの寿命が数秒だけ延びたってだけの話だ」
リボルが玉座から身を乗り出し、巨大な魔導リボルバーをその節くれだった指で掴み取る。
ヤツの赤い瞳は、獲物をじっくりと嬲り殺そうとする猛獣のそれだ。
だが、その視線の端に、微かな傲慢さが混じっているのを俺は見逃さなかった。
絶対的な優位に立つ者の、油断。それが、この勝負の唯一の綻びだ。
「さあ、次は俺の番だ。見てな、8番。……『運命』ってのは、こういう風に扱うんだよぉ!」
リボルはシリンダーを確認することさえせず、無造作に銃口を自分のこめかみへ押し当てた。
その動作には、死への恐怖など微塵も感じられない。
当たり前だ。ヤツはこの世界のルールそのものを、その指先で捻じ曲げているのだから。
「マスター……。見て。あいつの指、魔力が少しだけ銃身に溶け込んでる……。引き金を引く直前、弾丸の入った薬室を、因果ごと『後ろ』へずらしたよ」
三奈が俺の耳元で、吐息をかけるように囁く。
彼女は俺の腕にそっと手を添え、甘えるような仕草で俺に寄り添っていた。
だが、その瞳は獲物の弱点を探る猟犬のように鋭い。
「……みたいだな。理不尽な話だぜ。自分は当たらない席に座っておきながら、相手には死ねってか。……最高に最低なカジノ(ハコ)じゃねえか」
俺は、三奈の細い指を軽く握り返し、合図を送る。
…大した度胸だ。この期に及んで状況を楽しんでやがる。
「……っ」
背後で、イチカが祈るように両手を組み、極度の緊張で息を呑む。
彼女の純粋な恐怖こそが、この迷宮においてはリボルにとっての最高の「ツマミ」なのだろう。
リボルはイチカをチラリと見て、嘲笑うように口角を吊り上げた。
――カチリ。
乾いた音が響く。
当然、銃声は鳴らない。空弾だ。
「ははっ! 見たかよ! 天界は俺を選んでんだ。……さあ、次は三発目だ。確率は四分の一に上がったぜ?」
リボルは挑発的に、まだ温かい銃身をテーブルへと滑らせた。
俺はそれを静かに受け取る。
鉄の冷たさが、じっとりと汗ばんだ掌に伝わる。
二発、空いた。残る薬室は四つ。そのうちの一発が、この俺を存在ごと消し去る死神の弾丸だ。
俺は銃を手に取ったまま、すぐにはこめかみに当てなかった。
ただ、その重みを量るように、掌の上で軽く弾ませる。
「……リボル。あんた、さっき『天界が俺を選んだ』と言ったな」
「あぁ? 当たり前だろ。この『13』って数字は、この迷宮の王、即ちシステムの代行者の証だ」
「……だといいんだがな。俺の目には、あんたが天界に『媚びを売ってる』ようにしか見えねえんだよ」
俺の言葉に、広間の空気が一瞬で凍りついた。
リボルの赤い瞳が、怒りと驚愕で細められる。
スロットマシンの回転が、さらに激しさを増し、耳障りな金属音が響き渡る。
「……なんだと? 負け惜しみのつもりかよ、8番よぉ」
「いいや、事実だ。俺の運命は天界でも介入できねえ。……知らなかったか?」
俺は銃のシリンダーを、リボルに見せつけるようにゆっくりと指で回した。
チチチ……という、心臓の鼓動に似た規則的な音。
「……何が言いたい……?」
「あんたが運命を書き換えるたびに、この銃の内部には『歪み』が蓄積されてる。……見ろよ、この遊技場一帯にノイズが発生してる。……あれは、システムがあんたのイカサマの辻褄を合わせるために、必死にリソースを食ってる音だ」
俺は、一歩前に踏み出した。
戦闘力5。ヤツから見ればゴミのような存在。
だが、今の俺は、ヤツが最も恐れる「不確定要素」そのものだ。
「マスター……。準備、できてる。…私を信じて。」
三奈が、俺の影から顔を覗かせ、妖艶な笑みを浮かべた。
彼女は俺の「賭け」に乗ったのだ。
俺がリボルを言葉で揺さぶり、システムとの同調を乱す。その隙に、彼女が物理的な法則の綻びを突く。
「……ああ。任せた」
俺は、魔導銃を迷いなく、自分の右のこめかみに当てた。
「システムに頼ってるヤツじゃあ、俺には絶対に勝てねえよ」
「エイト、……ダメ、お願い、もうやめて……っ!」
イチカの悲鳴が響く中、俺はリボルの目を真っ直ぐに見据え、指に力を込めた。
リボルは、俺の余裕に対して怪訝な表情で睨みつけてきた。
ヤツは、次の一手をシステムに委ねるか一瞬迷い。
(……システムが介入できない?…このオレ様が勝てないだと?)
俺はその瞬間、隙を見逃さずに、引き金を引ききった。
カチリ。
静寂。
そして、その直後。
背後のスロットマシンの一台が、火花を散らして爆発した。
ドォォォォン!!
「……なっ、……何だとぉぉっ!?」
リボルが叫び、玉座から立ち上がる。
俺に弾丸は放たれなかった。
だが、銃の内部で暴発しかけた因果のエネルギーが、システムの末端であるスロットへと逆流し、物理的な破壊を引き起こしたのだ。
「……ふぅ。……三発目、クリアだぜ。リボル」
俺は、紫煙を上げる銃をテーブルへ叩きつけるように戻した。
掌には、熱い衝撃の余韻が残っている。
三奈が、俺の隣で「…大成功。マスター、完璧。」と、胸を張っている。
「……テメー、……何をしやがった……!?」
「何もしてねえよ。ただ、あんたの天界が、俺の『運命』を処理しきれなかった。……それだけのことだ」
俺は、リボルに向けて中指を立てた。
「さあ、四発目だ。……次はあんたの番だぜ。……今度は、システムがちゃんと守ってくれるといいな?」
迷宮の壁一面に並んだスロットのリールが、狂ったように逆回転を始める。
死神の顔が、今にも泣き出しそうなほど歪んでいた。
第23話、いかがでしたでしょうか。
三奈のバックアップでエイトは迷うことなく勝負に集中できる。意外と有能なバディの爆誕。
また、エイトが単に運が良いだけでなく、ギャンブラーとしての観察眼でシステムの「脆弱性」を突く。
次回、第24話。
追い詰められたリボルが、ついに真の姿を現すか!?
そして、三発目という「折り返し」で、勝負は予想だにしない結末へと加速します。
お楽しみに!




