第21話:死神の薬室(シリンダー)、血を啜る鉄屑の玉座
第21話をお読みいただきありがとうございます。
ついに姿を現した、不吉な管理番号13を背負う死神・リボル。
敗者が塵となって消えゆく迷宮の最奥で、エイトは逃げ場のない「死の遊戯」へと誘われます。
命をチップにするロシアンルーレット。
絶望的な状況下で、三十路ギャンブラーの「目」は何を捉えるのか。
鉄錆の門を潜った先は、もはや洞窟などと呼べる生易しい場所ではなかった。
壁一面には、スロットマシンのリールを模した巨大な円盤が埋め込まれ、それらが噛み合うたびに、地響きのような重低音が迷宮を震わせている。
リールに刻まれているのは、果物や数字ではない。
悶え苦しむ罪人の横顔、折れた剣、そして髑髏。
それらが赤黒い魔力の光を放ちながら、絶え間なく回転し続けている。
「……ひどい。空気が、まるで水中みたいに重いよ……」
イチカが俺の外套の裾を強く掴む。その指先は小さく震えていた。
彼女だけではない。三奈もいつもの飄々とした態度ではなく、辛そうだった。
「マスター。このエリアの酸素濃度、および魔力密度に異常な偏りを感じるよ…。壁面の機構が、侵入者の精神エネルギーを微弱ながら吸収・蓄積しているような…。長期滞在はヤバイかも」
三奈が冷静な声で警告を発する。その瞳は、暗闇の奥に潜む「何か」を冷徹に捉えていた。
「わかってるさ。……だが、歓迎の挨拶は、もう向こうから届いているらしい」
俺は、鼻を突く焦げた油の匂いと、火薬の残香を嗅ぎ取った。
迷宮の奥、円形に拓けた大広間。
そこには、周囲の錆びた歯車や鉄屑を強引に組み上げて作られた、歪な玉座が鎮座していた。
その中心で、一人の男が深く腰掛けている。
男の右手には、身の丈ほどもある巨大な魔導リボルバー。
その銃口は、玉座の前に膝を突き、命乞いをする一人の冒険者に向けられていた。
「た、助けてくれ! 頼む、金ならいくらでも出す! 故郷に娘が……っ!」
男の叫びが、広間に虚しく反響する。
だが、玉座の男は、その泣き言に耳を貸す様子さえ見せなかった。
ただ、狂おしいほどに澄んだ赤い瞳を細め、静かに引き金に指をかけた。
――カチリ。
静寂の中で、撃鉄が落ちる音だけが鮮明に響く。
「あっ、ダメーっ!」
飛び出そうとするイチカの手を掴む。
「無駄だ…」
次の瞬間、鼓膜を直接引き裂くような、重厚な破壊音が炸裂した。
ドォォォォォン!!
衝撃波が広場を駆け抜け、俺たちの髪を激しくなびかせる。
魔導銃から放たれたのは、鉄の弾丸ではない。
それは、天界が放つ、因果の断片そのものだった。
「……あ、……ぁ…………」
撃ち抜かれた冒険者の胸には、ぽっかりと不自然な空洞が空いていた。
血は流れない。
その代わりに、男の身体を構成する全ての情報が、ノイズの走るホログラムのように激しく点滅し始めた。
「ひっ! 身体が、消えてゆく……!?」
イチカが悲鳴を上げ、目を背ける。
男の肉体は、足元から粒子状に分解され、床に張り巡らされた巨大な回収溝へと、掃除機に吸い込まれる塵のように消え去っていった。
後に残されたのは、男が最期まで握りしめていた折れた剣と、数枚の薄汚れた銅貨だけ。
それらもまた、迷宮の床に吸い込まれ、二度と誰の目にも触れることはない。
「……くくっ。期待外れだ。どいつもこいつも、一発目で因果に嫌われやがる」
玉座の男が、ゆっくりと立ち上がった。
逆立った黒髪の隙間から覗く、血のように赤い瞳。
その左手の甲には、呪いのように歪んだ形で刻まれた13の紋章が、不吉な光を放っている。
男は、まだ紫煙を上げる銃口を、愛おしそうに自らの舌で舐めとった。
鉄の味を楽しむようなその仕草には、生物としての倫理観が微塵も感じられない。
「……よう。テメーが次の、敗北者かぁ?」
男の視線が、俺を、そして背後のイチカを射抜く。
その瞬間、俺の左手に刻まれた8の紋章が、かつてないほどの熱量で脈動を始めた。
掌が焼けるような痛み。
これは共鳴ではない。
システムの下位に位置する数字が、圧倒的な上位、あるいは異質な理を持つ数字に対して放つ、本能的な警告だった。
「……悪いな。俺の人生、今がまさに連勝街道の真っ只中でね。負け役はあんたに譲ってやるよ」
俺は震えそうになる膝を精神力だけで抑え込み、嘲笑を浮かべてみせた。
隣で、三奈が静かに戦闘態勢に入る。彼女の後ろ、影のように潜んでいたニカもまた、獲物を狙う獣のような目で睨みつけていた。
「マスター。相手の魔力、かなり濃い気配を感じる。うーん、出力そのものよりも、存在の因果強度が異常。……私たちが知る物理法則が、あの一帯では通じない…」
三奈の見立てに、俺は小さく頷く。
そんなことは、肌で感じていた。
あいつの周りだけ、世界の理が歪んでいる。
あいつは運がいいのではない。
「当たり」が来るまで、世界そのものを固定し続けているのだ。
「……ハッ! 言うじゃねえか、虚勢の博徒さんよぉ。その眼、気に入ったぜ。俺の銃を前にして、ションベン漏らさねえのは久しぶりだ」
リボルが銃のシリンダーを勢いよく弾いた。
カチカチカチカチ、という乾いた金属音が、広大な迷宮に鳴り響く。
それは、この世の誰にも止めることのできない、死のルーレットの開始合図だった。
「さあ、始めようぜ。命のベット、魂のレイズ……。テメーが死ぬか、俺が飽きるか。天界の審判を、そのこめかみで味わわせてやるよ」
リボルの背後で、壁のスロットマシンが一斉に回転を始める。
揃うはずのない髑髏の図柄が、嘲笑うように三つ、並ぼうとしていた。
俺は、一歩前に出る。
戦闘力5。
この世界ではゴミ同然の数値。
だが、確率が支配するこの空間こそ、俺が最も輝ける「戦場」だ。
「……ああ。いいぜ、リボル。……最高のギャンブルを、生き様を見せてやるよ」
地獄の底のような迷宮で、俺は人生最大の賭けを仕掛けるために、静かに右手を差し出した。
第21話、お読みいただきありがというございます。
リボルの登場、勝負前の舌戦でウオーミングアップの二人。
次回、第22話。
ついに始まるロシアンルーレット。
しかし、エイトはリボルが回すその銃身に、ある「違和感」を感じ取ります。
確率は6分の1。
だが、エイトの計算は、それとは異なる結論を導き出していました。
お楽しみに!




