34. 終わりのない防衛戦と神座への反逆
ガレリア帝国東部の防衛砦を襲った大規模な魔物災害は、『白銀の誓い』の4人が本来の力を一切の制限なく解放したことで、劇的な鎮圧を見せた。
ゼノの常軌を逸した剣撃が大地を割り、セレスティアの純白の光が空を浄化し、ラキシスの(魔道具なしの)極大魔術が敵の大軍を灰に帰す。そしてアリアの黄金の治癒が、味方の傷を瞬時に塞ぐ。
それはまさに、神話の再来と呼ぶにふさわしい光景だった。
――しかし。
「……キリがないわね。これ、本当に無限湧きじゃないの?」
城壁の上に立ち、アリアが忌々しげに息を吐いた。
砦の周囲の魔物は確かに殲滅した。だが、遠くの地平線や、ひび割れた大地の中から、ドス黒い瘴気が陽炎のように立ち上り、再び新たな魔獣の形を成そうとしているのだ。
「ええ。魔物の死骸から放たれた悪意すらも、再び世界が練り上げて形にしているようですわ」
セレスティアが、扇子を広げて目を細めた。
世界を回すための『魔王』という闇の器が空席である以上、世界に蓄積された悪意は処理されず、形を変えて溢れ出し続ける。
「このままではジリ貧だ。俺の魔力が尽きることはないが、世界中のすべての土地でこの無限湧きが起きているとすれば、物理的に手が回らんぞ」
ラキシスが杖を肩に担ぎ、舌打ちをする。
「……問題ありません」
眼下の戦場から、一跳びで城壁へと舞い戻ってきたゼノが、返り血一つ浴びていない涼しい顔で言った。
「セレスティア様が望むなら、僕が何年でも、何十年でも、この世界から魔物が根絶やしになるまで剣を振り続けます」
「だから、そういう物理的な根性論の話をしてるんじゃないのよ、この脳筋護衛様は!」
アリアがゼノの背中をバシッと叩く。
「セレスちゃんかゼノさんが『役割』通りに死ぬまで、世界はこの嫌がらせ(災害)を永遠にやめないってこと。……つまり、私たちが見ているこの魔物たちは、ただの『症状』に過ぎないのよ」
「その通りですわ」
セレスは静かに頷き、空を見上げた。
「私たちが本当に対峙すべきは、この理不尽な災害を強制的に生み出し、私たちに役割を押し付けている『世界の理』そのもの。……アリア。昨夜の神託で、女神様はその『理の根源』について、何か言っていませんでしたか?」
「ええ。聞いてきたわよ、バッチリね」
アリアは自信満々に胸を張り、しかし少しだけ呆れたような、複雑な表情を浮かべた。
「私の推し(女神様)ね、実はこの世界で信仰されているけど、世界の理の根幹には逆らえないようなのよ。女神様自身も『こんな使い捨ての役割を強要する理は嫌だ』って、ずっと泣きながらファンミーティング(お祈り)で愚痴ってたわ」
「女神ですら逆らえん世界のルールか。……いよいよもって理不尽の極みだな」
ラキシスが鼻で笑う。
「で、その女神様からのリーク情報よ」
アリアが、手元の地図を広げ、大陸の最北端――誰も足を踏み入れたことのない、分厚い雲に覆われた『神聖不可侵領域』を指差した。
「この世界の役割を決定し、運命を紡ぎ出している神話の遺物。……『創世の機織り(はたおり)』と呼ばれる理の根源が、この最北の霊峰『神座の頂』にあるそうよ。そこから放たれる強制力が、今の魔物災害を引き起こしているの」
「創世の機織り……。私を勇者に選び、ゼノ様を魔王に選んだ、運命の紡ぎ車」
セレスが、その場所を静かに見つめる。
「そういうこと。そこをぶっ壊せば、勇者だの魔王だのっていう『役割の強制』自体が消滅する。魔物の無限湧きも止まって、私たちも役割ではない、ただの人間として明日を生きられるようになるわ」
「……なるほど。ならば、話は早いですね」
ゼノが、極めて平坦な声で言い放った。
「今すぐその『神座の頂』へ行き、その機織りとやらを僕が斬り裂くだけです。……セレスティア様の明日を奪おうとする糸など、一本残らず断ち切ってみせる」
神が作った世界のルールすら、主のために物理で破壊する。
一切の迷いがないゼノの言葉に、ラキシスもニヤリと笑った。
「フッ、言ってくれる。神話の時代から続く世界の舞台装置を破壊するとはな。俺の天才的な魔術の集大成をぶつける的としては、これ以上ない極上の相手だ」
「二人とも、頼もしいですわ」
セレスティアは、愛する男と、頼もしい仲間たちの顔を交互に見渡し、優雅に、しかしこの上ない決意を込めて微笑んだ。
「世界は私たちに、記憶から消え去る『勇者』と、絶望して世界を壊す『魔王』になることを望みました。……ですが、私たちはそんな三流の脚本には付き合いません」
セレスは扇子をパチンと閉じ、最北の霊峰へとその切っ先を向けた。
「さあ、参りましょう、皆様。私たちの『自分自身』を取り戻すための、最後の喧嘩の始まりですわ!」
砦の兵士たちが驚愕の面持ちで見送る中。
『白銀の誓い』の4人は、溢れ続ける魔物災害を背に、すべての理不尽の元凶が待つ最北の地『神座の頂』へと、迷うことなく歩みを進めるのであった。




