31. 713回目の真実と世界の歪み
Sランク魔獣『暴食の水晶竜』を、セレスティアが「真の勇者」の圧倒的な光で消し飛ばした後。
魔物の群れを掃討するため、ゼノたちは日が暮れるまで硝子の森を駆け回った。
「はぁ……はぁ……。よし、今日のところはここまでだ。防衛線は完全に維持できたぞ!」
「ああっ、あの凄まじい光を放った聖女様?のおかげだ! 明日も討伐は続く、各員休息を取れ!」
騎士たちが歓喜と疲労の入り混じった声を上げながら、森の入り口に設営された仮設野営地へと引き上げていく。
『白銀の誓い』の4人は、彼らの喧騒から少し離れた静かな泉のほとりに、自分たちだけのテントと焚き火を準備していた。
パチパチと薪が爆ぜる音だけが、重苦しい沈黙を際立たせている。
「……さて。明日からの動きだけど」
アリアが、手元の地図を広げながら静かに口を開いた。
「硝子の森のスタンピードは峠を越えたわ。残党の処理なら、ここの騎士団と私たちで明日中には片付くはずよ。問題は……今この瞬間も、世界の各地で起きている原因不明の魔物災害ね」
「うむ。東の国境、北の雪山……各地から救援要請が殺到している。どこから手を付けるべきか」
ラキシスが腕を組み、険しい顔で地図を睨む。
「……僕がすべて行きます」
ゼノが、揺らめく炎を見つめたまま、平坦な声で言った。
「セレスティア様を安全な王都に避難させ、僕が一人で各地の戦場を回ります。何日かかろうと、世界中の魔物を僕がすべて斬り伏せれば済む話です」
「無茶言わないでよゼノさん! いくらあなたでも、一人で世界中の災害を止めるなんて物理的に――」
「アリアの言う通りですわ。……それにゼノ様。これは、あなたが剣で斬り伏せて解決できるような、ただの災害ではないのです」
アリアの言葉を継ぐように、セレスティアが膝の上で両手を強く握りしめた。
彼女はゆっくりと顔を上げ、ゼノとラキシスを見据えた。
「これは……私が世界の理を曲げてしまったことで起きている、『世界の歪み』なのですから」
「世界の、歪み……?」
ラキシスが怪訝そうに眉をひそめる。
「隠していてごめんなさい、ゼノ様、ラキシス様。……先ほどお見せした通り、世界の理が定めた『真の勇者』は、私です。そして……私が今この人生を歩むのは、実に713回目になりますわ」
「なっ……!?」
ラキシスが目を見開き、息を呑む。
セレスはこれまでの712回、自分が理不尽な死を迎えては時間を巻き戻してきたこと、そしてそのすべての世界でゼノと出会ってきたことを語った。
「……だから、だったんですね」
ゼノはサファイアブルーの瞳を揺らし、自らのゴツゴツとした両手を見つめた。
混乱や怒りはない。むしろ、彼の中ではすべてのピースがカチリと音を立てて嵌まったような、深い納得があった。
「初めてギルドであなたにお会いした時……あなたを知っていた気がしたんだ。絶対にあなたから目を離してはいけないと、僕の魂が異常なまでに叫んでいたのは、ループの記憶だったんですね」
「そういうこと。……ちなみに私は、セレスちゃんからこの過酷な運命を全部打ち明けられていたの」
アリアが、隣で優しく微笑んで補足した。
「彼女が一人でこんな重い十字架を背負い込んで、誰にも言えずに消えようとしているのが、どうしても許せなかった。……だから親友として、彼女の運命を捻じ曲げるって決めたの。彼女が『自分と役割を分かち合ってくれる存在』……ゼノさんを探す旅にも、最初からずっとついてきたのよ。辺境の底辺ギルドであなたを見つけ出した時も、私、隣にいたでしょ?」
「アリア……」
セレスが涙ぐんで、ずっと傍にいてくれた親友を見つめる。
「でも、セレスティア様」
ゼノが、痛ましげに眉をひそめてセレスを見つめ返した。
「なぜ、僕を『偽物の勇者』に仕立て上げたんですか? あなたが真の勇者なら、僕が盾となり、あなたがその後ろから魔物を討てば――」
「……勇者は、魔王を倒すと消えるのです」
セレスが、震える声でその言葉を遮った。
「ただ死ぬだけではありません。役割を終えれば、次のループには存在しない。世界から完全に消え、誰の記憶にも残らなくなる。……私は、愛するあなたを残して消えるなんて、絶対に嫌だった」
セレスの瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
「だから私は、世界を騙す賭けに出たのです。『この世界の誰もが知る勇者』と、『本物の力を持つが誰にも知られていない真の勇者』に役割を分かち合おうと。……もし2人で消えることができたら、それでよかった。勇者の証がある私が消える運命に最後まで抗って、もし、あなただけが消えるのなら……あなたがこの過酷なループからついに外れられたことに、感謝しようと」
だから、あなたを探し出して、勇者に仕立て上げた。
これまでの優雅な令嬢の仮面が剥がれ落ちた、あまりにも身勝手で、重すぎる愛の告白。
「……なるほど。すべての辻褄が合ったぞ」
セレスの告白を聞き終えたラキシスが、戦慄したように顔を覆った。
「セレスが世界の理を騙し、ゼノを偽勇者に仕立て上げた結果……この世界には『2人の勇者』が同時に存在することになってしまったんだ。世界は役割という枠組みで回っている。本来1つであるはずの光の器が2つに分裂したことで、世界の理は致命的な矛盾を起こした」
ラキシスは焚き火の炎を指差す。
「その結果が、『魔王という役割の機能不全』だ。世界が理の綻びを起こしたせいで魔王が生まれず、魔王という絶対悪が受け止めるはずだった世界の悪意が、行き場を失って各地で魔物災害として暴走しているんだ!」
「……っ。自分勝手で、本当に、ごめんなさい……!」
セレスが顔を覆って泣き崩れる。
しかし。
その重すぎる真実と、世界崩壊の原因を聞いたゼノの反応は、セレスの予想を遥かに超えて『異常』だった。
「……謝らないでください。あなたが僕と一緒に消えたいと望んでくれたこと、誇りに思います」
ゼノは静かにセレスの隣に座り、彼女の震える肩を抱き寄せた。
そして、酷薄なほど冷たい声で、夜の闇に向かって言い放ったのだ。
「世界が歪んでいるなら、好都合だ。……もし世界の理が、その歪みを正すためにセレスティア様を消そうとするなら、僕が、この理不尽な世界の方を壊してしまうから」
「……っ」
愛する人が消えるくらいなら、世界の方を滅ぼす。
ゼノの瞳に宿った、底知れないどす黒い執着と殺意。
その言葉を聞いた瞬間、アリアとラキシスの背筋に、氷のような悪寒が走った。
規格外の強さと、世界を滅ぼすことも辞さない狂気的な執着。まるで、彼自身が『未だに生まれていない魔王』の器そのものであるかのように。
「……推測だけで怯えるのはやめましょう」
重苦しい空気を断ち切るように、アリアが両手でパンッと頬を叩いた。
「セレスちゃんの運命も、この世界規模の災害も、私たちの常識じゃ測れないわ。……こういう困った時は神頼み! 女神様に直接聞くのが一番よ!」
「アリア、まさか……」
「ええ。信仰心イコール、推しへの愛! 私は親友のために、最初からこの理不尽な世界に喧嘩を売るって決めてるの。今日の夜のファンミーティング(お祈り)で、女神様にこの世界の綻びの直し方と……『本来生まれるはずだった魔王』について、聞いてみる! ……応え(神託)がなかったら、また考えましょう」
硝子の森の静かな野営地で、4人はかつてない緊張感と共に、アリアの「夜の推し活」の結果を待つことになったのであった。




