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勇者は魔王を倒すと消えるらしい。 だから最愛の彼を偽勇者にして世界を騙すことにしました 〜713回ループした悪役令嬢の狂愛物語〜  作者: 薄氷薄明


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30. 硝子の森と真実の光

 



 西の軍事国家・ガレリア領をさらに西へ越えた先。

 美しい工芸品と錬金術の国として知られるヴィトリオール王国の国境付近に、その森はあった。


 木々の葉や幹が、まるで本物のガラス細工のように透き通り、陽光を受けて七色に乱反射する幻想的な秘境――『硝子の森』。


 しかし現在、その美しい森は、耳をつんざくような魔物の咆哮と、硝子が砕け散るような激しい破壊音に包まれていた。


「くそっ、次から次へと……! 第一防衛線を維持しろ! 絶対に街へは通すな!!」


 森の出口に陣取ったヴィトリオール王国の騎士団が、血みどろになりながら絶叫する。


 彼らの眼前に押し寄せているのは、通常の討伐依頼などとは次元の違う『魔物の大暴走スタンピード』だった。Bランク、Aランク級の凶悪な魔獣たちが、まるで何かに怯え、逃げ惑うように森の奥から押し寄せてきているのだ。


「……ひどい有様ね。ギルドからの緊急要請で飛んできたけど、これは予想以上だわ」


 騎士たちの後方、高台からその惨状を見下ろしながら、アリアが通信用の魔導具を握りしめて顔をしかめた。


「今、王都のギルド本部から追加の連絡が入ったわ。……ここだけじゃない。東の国境、北の雪山、南の砂漠……大陸中のあらゆる場所で、同時多発的に原因不明の魔物災害が起きているそうよ」


「なんだと……?」


 ラキシスが魔力鏡から顔を上げ、険しい声を出した。


「世界中の魔物が、まるで一斉に発狂したかのように暴走しているって言うのか? 歴史上でも類を見ない異常事態だぞ」


「……おそらく、原因は『魔王の不在』だわ」


 アリアが忌々しげに呟く。


「神話の法則通りなら、強大な勇者の光には、それを受け止める闇の器……魔王が必要よ。でも、その魔王が一向に現れないせいで、行き場を失った世界の悪意や魔力が処理しきれず、こうしてただの魔物災害となって各地で溢れ出しているんだわ」


 魔王という存在が発生しない代償。

 それが、現在世界中で起きている原因不明のスタンピードの正体だった。


「世界がどうなっていようと、やるべきことは変わりません」


 ゼノが、チャキッと腰のミスリル剣を抜き放ち、仲間たちを庇うように一歩前へ出た。


「あの群れをこのまま街へ通すわけにはいかない。……僕が前線を押し上げます。皆はここから援護を」


 ゼノが地を蹴った瞬間、ラキシスの特効魔道具が作動し、硝子の森の乱反射を利用した眩い光のエフェクトが炸裂する。


 しかし、現在のゼノの強さは、そんな演出がなくとも十分に『常軌を逸して』いた。


「はぁぁッ!!」


 神速の踏み込み一つで暴風を生み、鋼より硬い魔獣の外殻を紙切れのように叩き斬る。決して疲労を見せることなく、一点の曇りもない集中力で剣を振るい続ける。魔力を持たないただの剣士でありながら、その身体能力と剣技だけで、溢れ出る魔獣の群れを次々と光の粒子へと変えていった。


「おおっ! あれが噂の勇者様か!!」


「助かったぞ!!」


 ゼノの加勢により、崩れかけていた騎士団の防衛線が息を吹き返す。

 後方で密かに隠蔽魔法デバフによる支援を行いながら、セレスティアはゼノの頼もしい背中を見つめていた。


(ええ、素晴らしい剣筋ですわ、ゼノ様。このまま群れを押し返せば……)


 セレスがそう安堵した、その直後だった。


『ギュルルルルルォォォォォォォォッ!!!』


 硝子の森の奥底から、大気が震えるほどの圧倒的な咆哮が轟いた。

 木々をなぎ倒して姿を現したのは、山のように巨大な四つ足の魔獣――災害指定を受けるSランク魔獣、『暴食の水晶竜クリスタル・ドラゴン』だった。


「……あれが、魔物たちが逃げていた原因か」


 ゼノが油断なく剣を構え直す。

 だが、水晶竜はその巨大な顎を大きく開くと、周囲の魔力と大気を一気に吸い込み始めた。その喉の奥で、街一つを容易く消し飛ばすほどの超高圧縮の『破壊のブレス』が臨界点に達しようとしている。


「まずい! あの広範囲ブレスを撃たれたら、防衛線の騎士たちも、私たちも全員巻き込まれるわ!!」


 アリアが悲鳴を上げる。

 避けることはできない。あの質量のブレスを、剣で斬り裂くことも不可能だ。


「……ッ!!」


 ゼノは迷わず、水晶竜と仲間たちの直線上の間に立った。


(僕の肉体をすべて削ってでも、あの熱線はここで受け止める)


 大切な仲間たちを、そして何より、背後にいるセレスティアを絶対に守り抜く。

 ゼノは自身の命を完全に投げ打つ覚悟で、剣を盾のように構え、ブレスの直撃を待った。


(――駄目。ゼノ様!!)


 その背中を見たセレスティアは、血の気が引くのを感じた。

 あんなものを受ければ、いくらゼノでも灰も残らない。彼が自分を庇って死ぬ。過去のループで何度も見てきたその残酷な結末だけは、絶対に認められない。


『ギョォォォォォォッ!!』


 水晶竜の顎から、すべてを焼き尽くす極太の破壊光線が放たれた。

 ゼノが死を覚悟し、目をカッと見開いた、その瞬間。


「……いい加減になさいな、ただのトカゲが」


 涼やかで、酷薄な声が響いた。

 ゼノの背後から、彼を追い抜くようにして「白い影」が前に出る。

 セレスティアだった。


 彼女は、愛用の令嬢の扇子を足元に投げ捨て、無防備な姿で破壊光線の前に立ち塞がった。


「セレスティア様!? 馬鹿な、下がって――!!」


「隠蔽、全解除」


 ゼノの絶叫を遮り、セレスティアが右手をスッと前に突き出す。

 次の瞬間。


 ――カッ!!


 セレスの小さな掌から、ラキシスの魔道具などとは次元の違う、星の瞬きを凝縮したような『純白の光の柱』が迸った。


「な……っ!?」


 ゼノが、そしてラキシスが、目を剥いて絶句する。

 放たれた純白の光は、水晶竜の破壊ブレスを正面から完全に飲み込み、相殺するどころか逆流して、巨大なSランク魔獣を一瞬にしてチリ一つ残さず光の中へ消滅させた。


 森を揺るがしていた暴風がピタリと止む。

 硝子の森の乱反射すらもひれ伏すほどの、静かで、圧倒的な神聖なる威圧感。

 光の粉が雪のように舞い散る中、ただ一人、無傷で立つセレスティアは、ゆっくりとゼノの方を振り向いた。


「……セレスティア、様……? その、光は……」


 剣を構えたまま、ゼノが震える声で問う。


「騙していて、ごめんなさい、ゼノ様」


 セレスティアは、泣き出しそうな、それでいてこの上なく慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「あなたがずっと探していた本物の勇者は……私ですわ」


 偽りの勇者プロデュースが終わりを告げ、ついにゼノの目の前で『真実』が暴かれた瞬間であった。




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