29. 違和感と魔王と勇者
大陸各地の厄介な依頼を受け始めるようになってから、早いもので半年が経過していた。
いかなる過酷な戦場であろうと、ゼノが剣を抜けば神々しい光(と過剰な演出エフェクト)が天地を照らし、すべての脅威を両断した。
今やゼノの名は、名実ともに『世界が認める伝説の勇者』として大陸全土に轟いている。
ある日の午後。
国境沿いの平和な街のカフェテラスで、討伐依頼を終えた4人は優雅なティータイムを楽しんでいた。
「しかし、解せんな」
テーブルに広げた古文書から顔を上げ、ラキシスがふうっとため息をついた。
「この半年、確かに世界中で魔物の数は爆発的に増えた。……だが、『魔王』が復活する兆しを見せない。いや、魔王軍を名乗るような知性ある魔族すら現れないのだ」
ラキシスは不思議そうに首を傾げた。
「神話には『世界を滅ぼすほどの巨大な闇が現れる時、それを打ち払うために神が光の勇者を遣わす』とある。だが倒すべき『闇』の情報が一切ない。……そもそも『魔王』とは何なんだ? もしかして、先月討伐したあの馬鹿デカい猪の魔獣が魔王だったのか?」
「いやいや、さすがに猪が魔王ってことはないでしょ……」
アリアが苦笑いしながら相槌を打つ。
だが、その内心では全く別のことを考えていた。
(そりゃそうよ。だって、神話の法則から外れてて当然じゃない。ゼノさんは『本物の勇者』じゃないし、セレスちゃんが裏で手を引いてる偽勇者のプロデュースなんだから)
アリアは国宝級の聖女であり、セレスの最強の共犯者だ。世界の法則がおかしくなっていようが、彼女にとっては「想定内」の出来事だった。
アリアは話を明るく終わらせようと、パンッと手を叩いた。
「まあまあ、ラキシスさん。魔王がいないなら、それに越したことはないじゃない! 魔物は増えてるけどゼノさんが一振りすれば戦いは終わるし、平和になるし!」
「ええ。アリア様の言う通り、魔王が現れない理由は明白ですしね」
テラス席の周囲を警戒していたゼノが、お茶を一口飲み、極めて平然と口を開いた。
「そもそも、僕自身が『本物の勇者』じゃないんですから」
「「えっ」」
セレスとアリアの肩が、ビクッと跳ねた。
ゼノは二人の動揺に全く気づかず、さも『今日の天気は晴れですね』とでも言うような、当たり前のトーンで語り続ける。
「当たり前じゃないですか。 僕には神聖魔術も光の加護も一切ない。ただ身体能力が高くて剣が振れるだけです。 神が遣わした『本物の勇者』が覚醒しているのか、どこにいるかも定かではありません。 ですが、僕たちが大陸各地に出向いて討伐していたから、『本物の勇者』の役割がなかったのかもしれませんし」
「……全くもってその通りだな」
ゼノの言葉に、ラキシスが深く頷いた。
「世間はお前を光の勇者だと騒ぎ立てているが、あの光も歌声も、全部俺の魔道具の演出だからな。 だからこそ、世間でゼノという勇者の存在が知れ渡った今、まだ見ぬ『本物の勇者』とやらがどこで何をしているのか、そして『魔王』とは何なのかが、俺は気になったというわけだ」
「はい。世間の噂が一人歩きしているだけで、ラキシスがそれに合わせて勇者っぽく光らせてくれただけです。……僕はあくまで、『白銀の誓い』のメンバーので、セレスティア様を護衛する一介の剣士に過ぎません」
大真面目に頷き合う野郎陣二人。
彼らは「なんか世間が勘違いしてるから、演出盛ってノリで合わせてるだけ」と、完全に割り切ってこの茶番をこなしていたのだ。
アリアは(この人たち、ある意味図太すぎる……!)と内心でツッコミを入れつつ、必死に表情を取り繕った。
「ゼ、ゼノ様! ご自身を卑下なさらないでくださいな!」
セレスは努めて明るい声を作り、ゼノに向かって微笑みかけた。
本物の勇者は、今まさにあなたの目の前で冷や汗をかいています。なんてこと、口が裂けても言えるはずがない。
「本物が別にいようといまいと関係ありません。現にこの半年、あなたがその剣で世界中の人々を救ってきたという『事実』は変わらないのですから。……ですから、どうかこれからも、私の誇り高き勇者様でいてくださいな」
「……セレスティア様」
ゼノはサファイアブルーの瞳でセレスを真っ直ぐに見つめ返し、深く、静かに頷いた。
「はい。世間がどう喚こうと、僕が何者であろうと、やるべきことは変わりません。 僕があなたの盾となります」
相変わらずの、ブレない忠誠心と平和な午後だった。




