28. 世界に轟く勇者の名と現れない魔王
水上都市リヴィエールでの一件から数週間後。
勇者パーティー『白銀の誓い』の乗る最高級の特注馬車は、隣国へと続く厳重な国境の関所に差し掛かっていた。
「止まれ! ここから先は西の軍事国家・ガレリアである。何人たりとも、いかなる――」
槍を構えた国境警備隊が威圧的に立ち塞がるが、馬車の窓から有能な聖女アリアがスッと一枚の羊皮紙を差し出した。
それを見た瞬間、警備隊長の顔色がサッと青ざめ、慌てて部下たちに槍を下ろさせた。
「特級通行手形……! し、失礼いたしました! どうぞ、王道を通って真っ直ぐ帝都へお向かいください!!」
関所の巨大な鉄門が、信じられない速度で開かれていく。
「……相変わらず、お父様の手配は完璧ですわね」
馬車の中で、セレスティアは優雅に紅茶を傾けながら微笑んだ。
Sランク冒険者という『一個師団に匹敵する武力』が国境を越えるとなれば、通常は入念な政治交渉と監視が伴う。ましてやゼノは今や『伝説の勇者』と目される存在だ。他国が警戒しないはずがない。
しかし、そこに「王国筆頭貴族であるローゼンブルク侯爵の公式な後援と保証」という絶対的な政治的防波堤があることで、彼らは世界中のどの国だろうと、王族と同等のVIP待遇で迎え入れられるのだった。
「これなら、世界中のどんな高額依頼でも受け放題だね! さあ、ガレリアからの依頼は『大峡谷に巣食うAランク魔獣・暴風の怪鳥の群れの討伐』だよ!」
アリアが大量の依頼書の中から一枚を引き抜き、目を輝かせる。
「……セレスティア様」
ゼノが、揺れる馬車の中でも微塵も体勢を崩さず、静かに口を開いた。
「怪鳥の群れとなれば、空からの奇襲が予想されます。峡谷に入れば、いかなる時も僕の頭上、三歩以内の範囲から絶対に出ないでください。空からの脅威は、すべて僕が叩き落とします」
「ええ、ありがとうゼノ様。あなたのその言葉だけで、私はどんな空の下でも安心して歩けますわ」
セレスは扇子で口元を隠し、深く、静かに微笑んだ。
ゼノの言葉は決して誇張ではない。彼がそう言うのなら、空が落ちてこようと彼女を守り抜くのだろう。その途方もない誠実さと、彼の中にある無自覚な『魂の執着』が、セレスの心を甘く満たしていく。
(……空の魔物。厄介な相手ですが、ゼノ様の手を煩わせるまでもありませんわ。私が裏から、すべての鳥の翼をへし折って差し上げます)
真の勇者による、愛する人への重すぎる庇護欲(デバフ準備)が、密かに完了した瞬間であった。
数日後。
ガレリア帝国の誇る兵士たちが幾度も退けられたという大峡谷に、『白銀の誓い』は立っていた。
『キェェェェェェッ!!』
上空を旋回する数十羽のストーム・グリフォンが、獲物を見つけて急降下してくる。
巻き起こる暴風が岩肌を削り、視界を遮るほどの砂埃が舞い上がった。
「セレスティア様、下がって!」
ゼノが鋭く前に出る。
しかし、彼が剣を抜くよりも一瞬早く。
(落ちなさい)
セレスティアが扇子をパチンと鳴らすと同時、無詠唱の『極大重力結界』と『風刃相殺』が上空へ放たれた。
『ギャッ!?』
空を支配していたはずのグリフォンたちが、突如として見えない巨大な手に叩き落とされたように、次々と不自然に体勢を崩し、峡谷の底へと墜落していく。
「……風の乱れに巻き込まれて自滅したか。好機」
ゼノはその不自然な墜落を「敵のミス」と断定し(あるいは雇い主を守ることに集中しすぎて気に留めず)、墜落してくる怪鳥の群れに向けて、地を蹴り跳躍した。
チャキッ。
腰のミスリル剣が抜かれた、その瞬間。
――ピュルルルルル!!
『アァァァ〜〜〜〜♪(※大峡谷に木霊する荘厳なエコー付き大合唱)』
「なっ!?」
ゼノの背後に、空を覆い尽くすほどの超巨大な『黄金の後光』が浮かび上がった。
ラキシスが改良に改良を重ねた『闘気光輝変換環・第伍形態』である。峡谷の岩肌に光が乱反射し、上空に黄金のオーロラが現れたかのような、神話的すぎる光景が広がった。
「フハハハハ!! 峡谷の反響効果を利用した、広域包囲型ホログラム!! 空の敵にはこれ以上ないほど目立つぞ!!」
安全圏でラキシスが大爆笑する中、ゼノは「……っ、眩しすぎて距離感が……!」と完全に視界を白く染められながらも、限界まで研ぎ澄ませた剣の勘だけで、墜落してくる怪鳥を次々と光の粒子へと変えていった。
ズバァァァンッ!!
黄金の光が炸裂するたび、Aランクの魔獣が紙切れのように両断されていく。
「おおおぉぉぉっ!!」
「見ろ! 大峡谷に光のオーロラが! 伝説の勇者様が、我らの国を救ってくださるぞ!!」
遠巻きに監視していた帝国軍の兵士たちが、その圧倒的で神々しい光景に一斉に膝をつき、祈りを捧げ始めた。
(……ええ。素晴らしい太刀筋でしたわ、ゼノ様。この帝国の民の心にも、あなたの勇姿が永遠に刻み込まれました)
セレスは、黄金の光の中で舞い降りる愛する人の姿を、心からの誇りと愛情を込めて見つめていた。
『白銀の誓い』は、国境を越え、大陸のいかなる厄災をも(物理と光で)鎮めてい木、ゼノの名は、もはや誰もが疑いようのない『世界を救う伝説の勇者』として、確固たるものとなっていた。
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