24. ギルドの特命と水上都市への豪華な旅路
黄金の後光と大合唱が宿屋の最上階で鳴り響いた翌日。
『白銀の誓い』の4人は、冒険者ギルドの奥深く、ギルドマスターの執務室へと呼び出されていた。
「単刀直入に言おう。君たち『白銀の誓い』に、ギルド本部からの【特命依頼】を任せたい」
歴戦のギルドマスターが、羊皮紙の書状を机の上に広げた。
そこには、王国の重要拠点のひとつである『水上都市リヴィエール』の領主からの、切実な救援要請が記されていた。
「数日前から、リヴィエールの主要な交易海路に、Bランク上位の海魔『狂瀾の海蛇』が棲み着いてしまった。船が次々と沈められ、都市の物流が完全に麻痺しているらしい」
ギルドマスターは深く息を吐き、ゼノを見据えた。
「岩竜を一撃で討ち果たした『光の勇者』の噂は、すでにリヴィエールにも届いている。領主は、多額の報酬を積んででも、君たちに海魔の討伐をお願いしたいと泣きついてきているのだ。……受けてもらえるか?」
部屋に沈黙が降りる。
ゼノは腕を組み、サファイアブルーの瞳を険しく細めた。
「……お断りします。リヴィエールまでは馬車で片道三日はかかる。セレスティア様とアリア様を長期間、街道の危険に晒すなど、護衛として絶対に――」
「お受けします、ギルドマスター」
ゼノのストイックな却下を、セレスティアの涼やかな声が遮った。
彼女は優雅に扇子を広げ、ギルドマスターに向かって静かに微笑んだ。
「王国の物流を支える都市の危機を見過ごすわけにはいきませんわ。それに……私たちの『白銀の誓い』が、このフレリアだけでなく、広く世界を救う力があることを示す良い機会ですもの」
(……ええ。辺境だけでなく、主要都市の人間たちにも、ゼノ様という『絶対的な英雄』の姿をその目に焼き付けてもらう絶好の舞台ですわ。海が相手だろうと、私が裏からすべて凪いでみせます)
セレスの胸の奥で、愛する人を伝説の頂へと押し上げるための、静かで冷徹な決意が燃え上がる。
その主の真っ直ぐな言葉に、ゼノはギリッと奥歯を噛み締め、深く頭を下げた。
「……セレスティア様がそう望まれるのであれば。道中の危険は、僕がすべて斬り伏せます」
「ありがとう、ゼノ様。とても頼もしいですわ」
二人のやり取りを見届けたアリアが、スッとギルドマスターの前に進み出た。
「さて、討伐はお引き受けしますが……ギルドマスター。特命依頼となれば、出張費と危険手当、それに道中の『最高級の馬車』と、現地での『最上級スイートルーム』の手配は、当然ギルド持ちで保証していただけますよね?」
「う、うむ……! もちろん、本部から降りた予算で最大限の待遇を約束しよう!」
有能な聖女が、有無を言わさぬ圧で完璧な遠征条件をもぎ取った。
「フハハハ!! 水上都市! 見渡す限りの水面という巨大なキャンバス!! 水面反射と乱反射を利用すれば、ゼノの後光の神々しさは今の三倍に膨れ上がるぞ!!」
天才魔術師が新たな演出の閃きに歓喜の声を上げ、ゼノが胃の痛みを堪えるように眉間を揉む。
こうして、勇者パーティー『白銀の誓い』は、新たな舞台である水上都市への遠征へ出発することとなったのである。
***
翌朝。フレリアの正門前。
出発の準備を整えたアリアとラキシスは、目の前に用意された馬車を見て絶句していた。
「……ねえ、これ本当にギルドが手配した馬車?」
「あり得ん。車輪のサスペンションには最新の魔力浮遊式が採用され、車体は対魔法コーティングされた最高級の黒檀だぞ。まるで王族のお忍び用ではないか」
そこにあったのは、ギルドの予算など遥かに超越した、超高級かつ鉄壁の防御力を誇る特注の大型馬車であった。
御者台には、目つきの鋭い屈強な男たち(変装した侯爵家の精鋭影騎士)が鎮座している。
「おや、皆様。ロゼ会長から『我が商会が支援するパーティーの遠征に、安い馬車など使わせるわけにはいかない』と、こちらの専用車両を手配するよう仰せつかっております」
御者の一人が、恭しく頭を下げる。
(お父様……。王都にいらっしゃるはずなのに、もうこんな手回しを。過保護にも程がありますわ)
セレスは扇子で口元を隠し、家族からの圧倒的な愛(物理)に、内心で静かな感動と苦笑を漏らした。
アリアもすべてを察し、「さすが最強のスポンサーだね」と小声で呟く。
しかし、何も知らないゼノだけは、その超高級馬車を前に極度の警戒態勢に入っていた。
「……セレスティア様、下がって。この馬車、不自然なまでに防御力が高すぎます。内部に罠が仕掛けられている可能性が――」
「大丈夫ですわ、ゼノ様。ロゼ会長の厚意を無駄にするわけにはいきませんもの。さあ、乗りましょう」
セレスに促され、ゼノは「僕が先に乗って安全を確認します」と大真面目な顔で車内へと乗り込んでいった。
水上都市リヴィエールへの三日間の旅路は、ある意味で異常な光景だった。
最高級馬車の乗り心地は雲の上のように快適だったが、ゼノは馬車の中で一睡もせず、窓の外のわずかな葉の揺れにすら殺気を飛ばし続けていたのだ。
「……ゼノ様。少しは眠ってください。あなたの目の下に隈ができてしまうのは、私の本意ではありませんわ」
二日目の夜。見かねたセレスが、馬車のふかふかのソファで彼に向かって優しく声をかけた。
「お気遣い感謝します。ですが、街道は魔物や野盗がいつ襲ってくるか分からない危険地帯です。あなたの平穏を預かる身として、目を閉じるわけにはいきません」
「ゼノさん、この馬車、魔物避けの結界が三重に張ってある上に、御者の人たち(影騎士)も相当な手練れですよ?」
「他人の警備など信用できません」
ストイックすぎる剣士の強固な意志に、セレスは小さく息を吐き、ふっと微笑んだ。
「……わかりました。では、せめて私の隣に座ってくださいな」
「っ……! しかし、主の御隣に護衛が座るなど――」
「これは『白銀の誓い』の仲間としての、私からのお願いですわ」
セレスが自分の隣のスペースをポンポンと叩く。
主からの絶対の命令(お願い)に逆らえず、ゼノはガチガチに緊張しながら、セレスの隣に腰を下ろした。
(……温かい。713回、ずっと私を守り続けてくれた、あなたの体温)
セレスは静かに目を閉じ、彼の存在をすぐ隣で感じながら、深い安堵と共に眠りについた。
一方のゼノは、隣から漂う高貴で甘い香りと、主の無防備な寝顔を前に、魔物に対する警戒とは全く別の次元で心臓を早鐘のように打たせ、結局一睡もできないまま朝を迎えることとなったのだった。
***
そして三日目の昼下がり。
潮風が車内に吹き込み、ついに一行は『水上都市リヴィエール』の大門へと到着した。
運河が張り巡らされ、美しい白亜の建物が並ぶ活気ある都市。
しかし、その港湾部には、海魔の脅威による重苦しい空気が漂っていた。
「お待ちしておりました、『白銀の誓い』の皆様! 私が領主の代理です! どうか、我が都市を海魔の脅威からお救いください!!」
馬車を降りた途端、都市の役人たちが泣きつきながら群がってきた。
周囲には、噂の「光の勇者」を一目見ようと、多くの領民たちが不安と期待の入り混じった視線を向けている。
「……セレスティア様、下がって。人が多すぎます」
群衆の接近を察知したゼノが、反射的にセレスを庇い、警戒のために腰の剣を『数センチ』だけ引き抜いた。
チャキッ。
――ピュルルルルル!!
『アァァァ〜〜〜〜♪(※荘厳な大合唱)』
「なっ!?」
ほんの数センチ剣を抜いただけで、ラキシスの改良した『闘気光輝変換環・第参形態』が全力で起動した。
ゼノの背後に、水上都市の運河の水面に反射して3倍の輝きを放つ『超巨大な黄金の後光』が浮かび上がり、無数の光の天使の羽根が港中に舞い散ったのである。
「おおおぉぉぉっ!!」
「なんという神々しさだ! やはり噂は本当だった! 真の勇者様が、我々を救いに来てくださったのだ!!」
海魔への恐怖で沈んでいた水上都市の民衆たちが、その圧倒的な光の演出(物理)を前に、一斉に歓喜の涙を流してひれ伏した。
「……っ! ラキシス、貴様、また出力を上げましたね……!」
ゼノが顔を真っ赤にして剣を鞘に押し込むが、時すでに遅し。
水上都市リヴィエールは、到着からわずか十秒で「光の勇者の絶対的な威光」に完全に平伏することとなった。
(ええ……最高の舞台装置ですわ。さあ、この街の海魔も、一瞬であなたの伝説の肥やしにして差し上げますわ)
セレスティアは優雅に扇子を広げ、熱狂する群衆の中で、次なる裏工作の盤面を描き始めるのであった。




