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勇者は魔王を倒すと消えるらしい。 だから最愛の彼を偽勇者にして世界を騙すことにしました 〜713回ループした悪役令嬢の狂愛物語〜  作者: 薄氷薄明


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23. 莫大な資金と過保護な休日の朝

 



 迷宮の第二階層で荒稼ぎをした翌日の朝。

『暁のフクロウ亭』の貸し切り食堂には、朝日と共に、ジャラジャラという心地よい金属音が響き渡っていた。


「……金貨三百枚、銀貨が五十枚。それに、まだ換金していない特級の魔石が袋に三つ。ふふふ……素晴らしいわ。一回の探索で、辺境の貴族の年収を軽く超えちゃったね」


 テーブルの上に山積みになった硬貨を前に、有能な聖女アリアが羽ペンを走らせ、ホクホク顔で帳簿をつけている。


「ええ。アリアの交渉術のおかげで、ギルドもかなり色をつけて買い取ってくれましたわね。これなら当分、活動資金に困ることはありませんわ」


 セレスティアは、淹れたての紅茶を優雅に口に運びながら微笑んだ。


「で、ゼノさん。これだけの 大金、みんなで均等に割るのもいいけど、パーティーの共有財産として管理して、装備の修繕や宿の改築に回すってのはどうかな?」


 アリアが顔を上げると、セレスの背後に直立不動で控えていたゼノが、静かに首を横に振った。


「お金の管理はすべてアリア様にお任せします。僕には、剣のメンテナンス代さえあれば十分ですので。……それよりも」


 ゼノは鋭いサファイアブルーの瞳で、食堂の窓の外、そして天井の梁を舐め回すように確認した。


「昨日得た資金の一部を使い、すでに宿の主人に掛け合って、この三階のフロアをすべて『白銀の誓い』の専用階として買い上げました。さらに、窓にはすべて魔力感知のミスリル線を張り巡らせ、階段には僕にしか解除できない物理ロックを仕掛けてあります」


「……いつの間にそんな要塞化を?」


 アリアが呆れたように羽ペンを止める。


「当然の処置です」と、ゼノは大真面目な顔で答えた。


「セレスティア様とアリア様は今や、Bランクに昇格したばかりか、伝説の勇者パーティーとして街中の注目を集めています。どこから悪意を持った輩が近づいてくるか分かりません。……セレスティア様、本日の朝食のスープも、厨房から運ばれる経路を僕がすべて監視し、毒見も済ませております。安心してお召し上がりください」


 一切の隙もない、Sランク護衛としての完璧すぎる安全管理。

 やりすぎとも言えるその過保護っぷりに、セレスは扇子で口元を隠し、静かに目を細めた。


(ああ……ゼノ様。あなたは休日であろうと、決して私の傍から離れず、気を抜くこともないのですね)


 セレスの胸の奥底に、静かで、途方もなく深い愛情が満ちていく。

 713回。彼はいつも、誰に命じられるでもなく、自らの意思でセレスの盾となり、その命を散らしてきた。

 その不器用で誠実な魂の在り方は、記憶を失った今も何一つ変わっていない。この平和な朝の光景こそが、セレスが地獄のようなループの果てにようやく手に入れた、何よりも守り抜きたい『宝物』だった。


「ありがとう、ゼノ様。あなたのその細やかな配慮のおかげで、私はこうして心から寛ぐことができますわ。……でも、あなたも少しは休んでくださいな。温かいお茶を淹れますから、どうか私の向かいの席へ」


「……っ。もったいないお言葉です。ですが、護衛が主と同じテーブルにつくなど――」


 ゼノがストイックに辞退しようとした、その時である。


「ドガァァァンッ!!」


 食堂の扉が、凄まじい爆音と共に吹き飛んだ。


「敵襲かっ!?」


 ゼノが神速で剣を抜き、セレスを庇うように前に出る。


 しかし、もうもうと立ち込める煙の中から現れたのは、暗殺者でも魔物でもなく――煤だらけになった天才魔術師、ラキシスだった。


「ゴホッ、ゲホッ……! ゼノ、お前! 階段に仕掛けた物理ロックの解除方法を教え忘れているぞ! 危うく自室から出られなくなるところだったではないか!」


「……ラキシスですか。扉を爆破して突破するなど、不用心極まりない。弁償代はあなたの報酬から引いておきます」


 ゼノが冷たく言い放ち、剣を鞘に納める。

 しかし、ラキシスは扉の弁償など全く気にする様子もなく、血走った目で高笑いを上げた。


「フハハハ! そんなことより見ろ!! 昨日持ち帰ったBランク魔物『クリスタル・ゴーレム』の純度の高いコアを使って、徹夜で組み上げた最高傑作だ!!」


 ラキシスが掲げたのは、昨日までゼノの剣の鍔についていた『闘気光輝変換環』の改良版だった。ゴーレムの青白い水晶が組み込まれ、何やら怪しげな魔力回路が複雑に絡み合っている。


「名付けて『闘気光輝変換環・第参形態ホーリー・マキシマム』!!」


「……まだあの視界を遮る無駄な機能を強化したのですか」


 ゼノが、心底嫌そうに眉間を揉む。


「無駄とはなんだ! 英雄たるもの、常に民衆の目を惹きつける圧倒的なカリスマが必要なのだ! いいから剣を出せ、今すぐ装着してやる!」


 無理やり剣を奪い取られ、カチャリと新しいリングをはめ込まれる。

 ゼノは深い疲労感を滲ませながら、渋々といった様子で剣を鞘から少しだけ引き抜いた。


 チャキッ。


 ――ピュルルルルル!!

『アァァァ〜〜〜〜♪(※荘厳な混声合唱)』


 ここまでは昨日と同じである。

 しかし、次の瞬間。クリスタルの核が眩く発光したかと思うと、ゼノの背後の空間に光の粒子が収束し、巨大な『黄金の後光ホログラム』がフワァァァッと浮かび上がったのだ。


「……なっ!?」


「大成功だ!! ゴーレムの光の屈折率を応用し、剣を抜いている間だけ、背後に『神々しい後光』と『舞い散る天使の羽根(幻影)』が自動生成される仕様にした!! これでもう、後ろ姿すらも完璧な伝説の勇者だ!!」


「ラキシス、貴様……! こんな巨大な光の輪を背負って、どうやって敵から身を隠せというのですか! 目立ちすぎて護衛の任務に支障が出ます!!」


 Sランクのストイックな護衛剣士が、背中に黄金の後光を背負いながら、これまでにないほど激しく取り乱す。


「ふふっ……あはははっ!」


 そのあまりにもシュールで神々しい光景に、帳簿をつけていたアリアがたまらず吹き出した。


「素晴らしいですわ、ラキシス様。本当に、神話の壁画から抜け出してきたようです」


 セレスは優雅に拍手を送りながら、内心で「最高の勇者演出ですわ!」とスタンディングオベーションを送っていた。


「ゼノ様。その後光、とても温かくて安心します。……どうか次の依頼でも、その神々しいお姿で、私たちを守ってくださいませね」


 主からの、慈愛に満ちた(そして退路を完全に断つ)微笑み。


「……っ」


 ゼノはギリッと奥歯を噛み締め、背中に荘厳な後光を背負い、天使の羽根を散らしながら、深く、深く頭を下げた。


「……承知いたしました。セレスティア様が安心されるのであれば、僕は……この背中の光輪ごと、敵を斬り伏せてみせます」


 物理特化のSランク剣士の精神が、また一つ削られた瞬間であった。




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