32ページ目 蜘蛛の嫌う少女
呆然としている私の目の前には世界の欠片があった。どうやら観測が終わり架空図書館リバリルに戻ってきたようだ。
驚きで言葉が出ない。たくさんの疑問が私の頭を覆い尽くす。
なんで、虎兄さんは最後マキナを殺したの?
なんで、友人である彼を笑顔で殺したの?
なんで、そんなひどいことができるの?
なんで、そんな行動を取ったの?
なんで?なんで?ナンデ?
―――なんで、彼らを殺したの【削除済み】
―――彼らには救済が必要でした
―――そんなの、お前が決めることじゃないだろ
―――では、【削除済み】はこの地獄でずっと苦しめというのですか?
また、知らない記憶の断片が映し出される。それだけではなく、観測中に殺した人やアンドロイドの最後の表情が絶え間なくフラッシュバックする。私の頭は無数の情報を処理するので手一杯だった。
「おかえりなさい。今回の観測はどうでしたか?」
神埼が話しかけてくる。
「大丈夫ですか?また頭を撫でましょうか?」
こちらに伸びる手。
「大丈夫、あなたなら必ずできる」
見覚えのある声―――危険
近づく足音―――危険
伸びる手―――危険、危険、危険。
危ないから、引き金を引く。目の前の人間に当たる。
なんで、そんなに悲しい目をするの?
なんで、怪我してる?
なんで、私ここにいる?
また、わからないことが増えていく。
血の味がした。顔を手で拭う。手には真っ赤な血。どうやら鼻血を出したみたい。
処理しきれない情報に、私はついにパンクする。
視界がぐるぐると回る。力が抜けて、目の前に倒れる。
もう、つかれた。
白い天井、清潔なベット、見覚えしかない医務室。どうやら私は観測のあと倒れてしまったらしい。
「目が覚めましたか?」
目の前の男は何事もなかったかのように振る舞う。いつものあの優しい笑顔でこちらを見つめる。今はその笑顔が不気味でも少しだけ安心してしまう。
「・・・神埼こそ大丈夫なの?」
「あれぐらい平気ですよ。それよりあなたのほうが私にとっては心配ですよ。帰ってきてそうそう鼻血を出して倒れたのですから。なにか観測であったんですか?」
表情が何も読めない。本当に心配はしてるのだろう。でも、なにか隠しているようなそうでもなさそうな。何一つわからなかった。まぁ、人間そんなものだよな。自分の利益のためなら友人ですら欺くような生き物だったな。
「少し、嫌なことが重なっただけ。なんでもないよ」
ベッドから起き上がり部屋を出ようとする。神埼はそんな私を慌てて止める。
「もう、大丈夫なんですか?少し休んだほうが…」
「なんで?」
「え?」
神埼は驚いたような顔をする。私の方こそよくわからなかった。
「なんで、平気な顔をして友人を裏切れるようなやつを野放しにするの?」
重い沈黙が二人の間に生まれる。私の考えが理解できないかのように神埼は見つめる。私の方も神埼の言っている意味がわからなかった。マキナのされたことに比べたら私の錯乱なんてほんの些細なことだろう。なんで休む必要があるの?私には理解できなかった。それをぶつけるように語気が強くなっていく。
「観測はあくまで所持者の運命を体験するだけで、事象自体を止めることは…」
「それでも、目の前で起きた悪事を見流すことはできない。罪人には罰が必要だと思うけど」
拳を強く握る。爪が食い込み血が出る。それでも湧き出る怒りが収まらない。なんで笑顔で人を裏切られるの?理解ができない。理解したくない。胸の中の嫌悪や憎悪を空き出したくて仕方ない。今の私に他人を気遣えるほどの余裕はなかった。
「・・・そうですか。気をつけていってくださいね」
何かを諦めたかのように悲しい笑顔で見送る。私もこれ以上話し合ったところで意味はないと判断してその場をあとにした。
医務室の外にはシャルと神里が待っていた。ふたりとも私の顔を見て少し驚くがいつも通りの態度でいてくれる。
「観測にいきますの?」
「あぁ、別に休む必要がないから」
「少年が決めたことなら異論はないぞ」
「・・・あまり無理はしないでくださいまし」
再び重い空気が流れる。しかしそれを変えようとはしなかった。どうせ話したところで変わるわけ無いと私は知っているから。わざわざ他人のご機嫌なんて取る必要はないと私は知っているから。
気まずい雰囲気のまま世界の欠片の前に着く。手をかざしマキナの禁書にふれる。文字が世界を綴る。その時間すらもどかしくなるほど私には余裕がなかった。
三度目のマキナの観測。騒がしい繁華街。10分後には通り魔が来る。心のなかで波打つ怒りとは逆に私はとても冷静だった。あれだけ気持ち悪かった黒いなにかも今は一切感じない。心は重いはずなのに体はすごく軽かった。心と体がばらばらになるような感覚。しかし、不思議と嫌な気がしなかった。
「どうする少年?」
「・・・何もしないけど」
「は?」
「今回は通り魔事件を無視する」
「いいのか少年?」
「今回の事件裏で手を引いてるのは虎兄さん科の検証にもなるし、何より…友人を裏切れるやつを助けようとは思えない」
時間が刻一刻と迫る。狙われていることも知らずに虎兄さんは買い物に夢中だった。そんな彼を私はただ見つめる。
時間になる。通りから悲鳴が上がる。狙う先は虎兄さん。でも、助ける気はなかった。まあ、ある程度怪我をさせて、拐う。そんな感じだろう。そう思っていた。
ぶつかる通り魔は勢いのまま虎兄さんをお店に叩きつける。
顔を捕まれ抵抗できない虎兄さんを何度も叩きつける。
何度も、何度も、何度も、叩きつける。
最初は抵抗していた虎兄さんも5回目辺りで力なく腕が垂れ下がる。
通り魔は満足したかのようにただの肉の塊を投げ捨てる。
死んだ―――そう理解したときには彼の頭は原型をとどめてなかった。
「少年、このあとはどうする?」
「・・・」
私が見殺しにした。お前が殺した。
「少年?」
「・・・あはは」
何だ、虎兄さんが裏で手を引いてるわけじゃないだ。その事実に少し安心する。虎兄さん神だけど、どうなるんだろう。
「ごめんごめん、どうしようかな~」
笑顔で振り返るとそこには神里はいなかった。それだけじゃない、あんなに賑やかな繁華街は電源を切ったかのように静かになってしまった。ネオンの明かりは消え、アンドロイドは全員機能停止し、倒れ込む。まるで世界で一人ぼっちになったかのような感覚になる。
「お前のせいだ」
振り返るとマキナが立っていた。その顔には怒り、憎しみ、そして悲しみで満ちていた。
「マキナ?」
突然の出来事に私は戸惑いを隠せなかった。
「お前のせいで【虎兄さん】は壊れた」
静かに、冷たく言う。
「お前も壊れてしまえばいいのに」
マキナは手を叩く。直後大きな地震が発生する。
「マキナ!」
そこにはマキナの姿はなかった。あったのは黒い波と不快な足音。
それは虫の軍勢だった。
逃げようとするが足が動かない。下を見ると蜘蛛のロボットが糸で私の足を固定していた。私は急いで糸を取ろうとする。見た目に反してとても頑丈な糸。無理に剥がせば足がちぎれる。しかし死にたくない、その一心で必死に醜く暴れる。どれだけ足が千切れそうになっても力付くで引っ張る。痛い、でも死にたくはなかった。
血だらけになりながらもなんとかその場を抜け出す。やっと逃げれる。そう思った頃には黒い波は目と鼻の先だった。
虫の軍勢が私の体を包み込む。虫はあなたという穴から侵入し、外からも内から喰らい尽くす。皮膚も、肉も、臓物も、私という存在すべてを喰らう。
私が壊れるその瞬間まで地獄は続いた。




