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2-4 神崎麗華

 昨日のダンジョン攻略は、私の人生で最悪な時間だった。Sランク指定のダンジョンだというのに、ありえないミスで戦闘になったからだ。しかも、そのミスを指摘したら岡本がふみちゃんをかばうという、私には理解できない事態となった。


 ――こうなると、岡本と組んだのは間違いだったのかな


 朝から一人でイライラしながら登校していた私は、学園に着くまでに何度も同じ結論に達していた。


 ダンジョン攻略は、ランクが上がるにつれて命を落とす危険も増える。実際、同級生の中にもダンジョンで命を落とした人はいるし、私が組んでいたパーティーでも例外はなかった。


 だからこそ、過ちは厳しく指摘して二度と起こさないようにしなければいけない。それがダンジョン攻略における私の戒めであり、呪い姫となった私の教訓でもあった。


「よお呪い姫、朝からイラついた顔してどうしたんだ?」


 下駄箱に着くなり、嫌な奴と会った。私が最近までバディを組んでいた田辺が、むしずが走る笑みを浮かべて近づいてきた。


「お前、岡本と組んでダンジョン攻略してるらしいな?」


 無視して通りすぎようとした私に、田辺が含みを持たせた声で話しかけてくる。別に隠していたわけではないけど、私が岡本とバディを組んだことは田辺の耳に入っているようだ。


「それがどうかしたの?」


 思いっきり敵意を込めて呟くと、田辺は笑みを消して睨み返してきた。


「空気を読まないのは相変わらずみたいだな。自分の考えだけが正義と勘違いして、もう仲間割れか?」


 私の苛立ちを読み取ったかのように、田辺が私の心を抉ってくる。確かに、今のパーティーはいきなり不穏な空気に包まれたけど、それをとやかく言われるつもりはなかった。


「貴方に関係ある話? 用がないなら構わないでくれる?」

「構うつもりはない。けどよ、忠告だけはしときたくてな。お前が呪い姫になった過ちをまた繰り返しそうだからな」

「何言ってるの? 私が呪われたのは、あんたのせいでしょ!」


 田辺の言葉に頭が痺れるような怒りを感じた私は、周囲の視線を忘れて声を荒げてしまった。


「落ち着けって。別に言い争うつもりはない」

「だったら、話しかけてこないでよ!」

「あのな、お前さ、このままだと一生後悔するぞ」


 朝からの苛立ちに拍車をかけてきた田辺だったけど、予想外の言葉に私の熱は冷水を浴びたように冷めていった。


「何言ってるの? なんで私が後悔しないといけないわけ?」

「お前さ、岡本の奴とバディ組んだことをもう後悔しているだろ?」


 私の反論をねじ伏せるかのように、田辺が図星をついてくる。私と岡本との間に何があったか知らないはずなのに、的確に言い当てられたことに再び怒りがわいてきた。


「図星か。相変わらず何もわかってないよな」

「わかってないって何が?」

「いいか、お前は確かに優れたダンジョンプレイヤーだ。天性の才能というか、戦闘のセンスも能力も抜群だよ。だから、上を目指す理由も気持ちもよくわかる」


 田辺はそこで言葉を切ると、周囲の奇異な目を避けるためか、私を校庭に連れ出した。


「何よ、ダンジョンプレイヤーとしてランクアップを目指すのは当たり前でしょ。それをとやかく言われたくないんだけど」

「まあダンジョンプレイヤーとしてランクアップを目指すのは当たり前だ。けどな、誰もがお前と同じとは限らないんだよ」


 田辺の一段と低くなった声に、妙な迫力を感じてしまった。田辺は、パーティーにいる時はいつも軽いノリで場を盛り上げるムードメーカーだった。パワーファイターとしての素質に優れ、面倒見もいいことからメンバーに慕われていた。そんな田辺が重い雰囲気で話をしてくるのは想像もできなかった。


「才能がない奴はさ、ランクアップする為には死ぬ気で努力する必要があるんだ。お前は戦前で華麗に舞うことができるかもしれないが、でもそれも仲間がいてこそなんだよ。常に戦況に神経張り巡らしている後方支援や、自分を後回しにしてでも仲間を助けるヒーラーは、お前みたいに才能に恵まれているとは限らない。一つランクアップするのに、才能ある奴らには想像つかない努力を重ねているんだよ」


 更に畳み掛けてくる田辺に、私は言い返すことができなくなった。もちろん、ランクアップの為の努力なら私も負けるつもりはない。戦闘になったら、誰よりも最前線で戦う覚悟はいつも持ち合わせていた。


 けど、田辺はそんな私を否定しようとしている。確かに私は、パーティーのメンバーには厳しくあたっていた。仲良しごっこのつもりは最初からなかったし、命がけのダンジョンで甘えたことをいうつもりもなかった。


 なぜなら、ダンジョン攻略の一番の鍵は生き延びることだから。生きてダンジョンから出ることこそが、次のステップへとつながると信じていた。死んでしまったら、そこで全てはゲームオーバーになってしまう。


「厳しくなるのはいいさ。甘えた気持ちで攻略できるほど、ダンジョンは甘くない。けどな、だからといってみんなが自分と同じ価値観だと考えるのは間違いだ。お前には当たり前のことでも、他人にとっては過酷なことだってある。そのことに気づかない限りは強くなんかなれない。お前もわかっている通り、ダンジョン攻略は一人でなんかできない。必ず仲間が必要だ。その仲間のことを考えることができないなら、更なるランクアップなんか望めないんだよ」


 はっきりと言い切った田辺の言葉が、胸に重たくのしかかってきた。考えてみれば、私はいつも上を目指すことしか考えていなかった。同じゴールを目指す以上、仲間も同じ考えだと信じて疑わなかった。


 けど、私は仲間に裏切られた。開けてはいけない宝箱を、仲間の策略にはまって開けてしまった。主導したのは田辺だったけど、思い返せば田辺のやることを止めようとした仲間は一人もいなかった。


 その結果、私に待っていたのは呪い姫のあだ名とパーティー離脱の宣告だった。全ては田辺が仕組んだ裏切りだと思っていたけど、実際は私が蒔いた種だと田辺は口にした。


「珍しく饒舌に語るじゃない。いまだに勘違いしている私を見ていて楽しい?」

「そうじゃない。気になることがあっただけだ」


 皮肉を返すだけで精一杯だった私に、田辺が表情に影を落として呟いた。


「さっきも言ったが、才能や素質がない奴がランクアップしようと思ったら、死ぬほど努力する必要がある。けどな、その努力を重ねた者だけが、本当に強い奴になれるんだよ。今の岡本みたいにな」

「岡本が?」


 急に出てきた名前に驚きながら、私は田辺の顔を覗きこんだ。いつもからかっているだけの田辺が、ここで岡本の名前を出すことは不自然にしか思えなかった。


「あいつは、闇属性のくせにダンジョンプレイヤーになることを諦めなかった。ランクアップも望めない絶望の中、それでも諦めることなくスキルの習得や体術と剣術を磨いていた。はっきり言って、スキルだけならあいつの方が俺より上かもしれない」


 天変地異が起きそうなくらい衝撃的な言葉だった。いつも岡本を馬鹿にしていた田辺が、まさか岡本のことを評価しているとは信じられなかった。下手したら、田辺は岡本をライバルの一人だと思っている可能性もあった。


「本当に強い奴は、弱い奴を助けることしかしないし、ましてや追い込んだりなんかしない。だから、岡本とお前がバディを組んだら喧嘩になると予想していた」


 田辺の言葉に、私は気づくと両手を握りしめていた。先日のダンジョンで、私は下手をしたふみちゃんを責めたけど、岡本は責めることなくふみちゃんの頑張りを評価した。


 それはつまり、田辺の話によれば岡本の方が強い存在になり、私はただの弱い人間になることになる。


「あんたから説教されるなんて思わなかった」

「まあな、俺はバディを解消したつもりはないからな」

「それって、どういう――」


 意味かと尋ねようとした私に、田辺は視線をそらして頭をかき始めた。


「お前とバディを組んだのは、Aランクのダンジョンプレイヤーになるためもあるが、実際は一人の女性として好きになったってこともあるんだ」


 いきなりかつ予想外の田辺の告白に、私の思考は一瞬で真っ白な紙に包まれるように考えることができなくなっていった。


「岡本とのバディが解消したら、再び一緒に組まないか? その時、お前の呪いが解けていなかったとしてもかまわないから」


 一度だけ私に目を向けた田辺の瞳は、どこか寂しさを感じた。だからこそ余計に、冗談や何か企みがあって言ってるわけじゃないことが伝わってきた。


「最後に、一つ忠告しておく。早瀬の奴には気をつけておけよ。あいつが岡本に近づいたのは偶然じゃないからな」


 背を向けた田辺が歩みを止め、ふりかえることなく呟いた。何を言ってるのか詳しく聞こうとしたけど、口を開けなくなっていた私は、ただ立ち去る田辺の背中を見つめることしかできなかった。

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