2-3 バトル開始
受付手続きが終わり、いよいよダンジョン攻略が始まった。すでにダンジョン内にはいくつかのパーティーが入っているとのことで、僕らはより慎重に先を目指すことになった。
基本的に、ダンジョン管理局はダンジョン内で起きたことには関与しない。また、ダンジョン内でパーティー同士が接触した場合、必ずしも友好関係になるとは限らない。戦闘になってレアアイテムを強奪されたり、場合によっては全滅させられたりすることもある。
このダンジョンはSランク以上の指定がされているから、当然先にいるパーティーの中にはSランクのダンジョンプレイヤーがいることになる。そのパーティーが好戦闘パーティーだった場合、Sランクのダンジョンプレイヤーと戦闘になるから、ある意味魔物と戦うよりも大変なことになるかもしれなかった。
「うわ、いかにも出ますけど何か? って雰囲気満載やん」
固く閉ざされたドアを開けると、薄暗い通路が長く続いていた。壁際には太いパイプが血管のように延びていて、どこかの研究所か工場を連想させた。
「ここは、もともと資源開発の施設でした。有効な資源が得られないとわかって放置された後に、魔物がすみついてダンジョンになったようです」
鈴木さんによると、こうしたダンジョンは世界にいくつかあるらしい。通常、ダンジョンは自然発生する場合がほとんどだけど、まれに人工物がダンジョン化することもあるとのことで、昨日まで平和だった遺跡が急に魔物の巣になるなんてことも珍しくないらしい。
「ファニーゴーストのダンジョンは、全部で四階層になります。一階層は小手調べと言われてますから、仕掛けも何もないと思います。ですから、今日はまず一階層を制覇しましょう」
「わかりました。とりあえず、今日は二階層に続く道を見つけます」
鈴木さんの提案に答えると、鈴木さんが満足そうに頷いた。ファニーゴーストのダンジョンは、ユウジ・キムラが強さの秘密を遺したダンジョンでもある。その秘密のカギは、各階層にあるらしいから、まずは最初のフロアで主な流れを掴むことにした。
「岡本はこうしたダンジョンに入ったことはないの?」
縮こまっている早瀬の手を引いていた神崎が、歩きだした僕の隣に並んできた。見るとこの雰囲気に気後れしている感じはなく、どこか楽しげな雰囲気を漂わせていた。
「僕一人では、近場のダンジョンしか経験ないかな。といっても、攻略したことは一度もないけどね。だから、ちょっと緊張してる」
「その割には落ち着いてるよね? あまり緊張しているようには見えないけど?」
神崎の問いに、僕は苦笑を返した。パーティーのメンバーではなく、春兄のお荷物としてならいくつものダンジョンに潜った経験はある。全て自然発生したダンジョンばかりだったけど、こうしたダンジョンも春兄と潜ったダンジョンと大して差は感じられなかった。
そんな世間話をしていると、ふと、鋭い視線を早瀬から感じた。一瞬だったからわからなかったけど、悪ふざけとは違う何か悪意のこもった眼差しが僕に向けられていたような気がした。
――気のせいかな?
改めて早瀬を見つめると、早瀬は神崎の腕にすり寄って唇を震わせていた。その目は忙しなく周囲に向けられ、ホラーお約束の突然の出来事に備えているみたいだった。
「何かいる」
そんな早瀬を神崎と二人で笑っていたところで、急に神崎が立ち止まって真顔のまま呟いた。
その言葉に、弛みかけていた神経が一気に張りつめていく。早瀬が右に左にと頭を動かし、ちょうど曲がり角に差しかかる部分を指差して小さく悲鳴を上げた。
薄暗い闇の中にいたのは、毛皮のコートを纏った巨漢の男だった。金髪の長い髪からして外国人のダンジョンプレイヤーみたいで、一心不乱の様子で何かを口に運んでいた。
「気をつけて。ちょっと様子が変だ」
慎重に距離を縮めながら、男の様子を伺う。男は目を見開いたまま、ぶつぶつと何かを呟いては、手にした物を口に運んでいた。
――まばたきをしていないから、まともじゃないな
相手を観察する上で大切なことに、まばたきをしているかどうかの確認がある。人は極度の興奮や緊張、さらには異常な精神状態になると、まばたきをしないことが多い。この男には、そうした異常者特有のサインがはっきりと見てとれた。
神崎に目を向けると、神崎も神妙な顔で頷き返してきた。相手は見た感じダンジョンプレイヤーみたいだけど、友好的な雰囲気はなかった。関われば面倒は避けられないと考え、迂回して先を目指すことに決めた。
「キャアアアー!!」
歩みを止め、別のルートを検索しようとした時だった。突然、早瀬が大きな悲鳴を上げて鈴木さんの背中に身を隠した。
「う、腕!」
何をやってるんだよと口にしかけた僕に、早瀬が指を差しながらうわ言のような言葉を繰り返し続けた。
「腕を食べてるよ!」
早瀬の震える声につられて男に目を向ける。当然、男は早瀬の悲鳴に気づいていて、立ち上がったままこちらを睨んでいた。
「アンデッドになってるみたいね。岡本、用心して」
立ち上がった男は、早瀬の指摘通りちぎれた人間の腕をかじっていた。その顔には明らかに生気がなく、しかも、男の左頬はかじられたみたいに穴が空いていた。
「ふみちゃん、属性を解放して!」
「ひぃぃぃ!」
戦闘態勢に入った神崎が、属性を解放して二本の剣を構える。神崎に指示された早瀬も、泣きながら属性を解放して戦闘態勢に入った。
「ヤバい、囲まれてるよ」
グローブを握り直して戦闘態勢に入ったけど、すぐに周囲の空気の異様さに気づいた。ぺたりぺたりと不快な足音ともに現れたのは、男と同じようにアンデッド化したダンジョンプレイヤーたちだった。
「岡本、後ろは任せたから」
そう言い残して華麗に宙を舞った神崎は、鮮やかにパイプの隙間から這い出てきたアンデッドたちの体を切り刻み始めた。その姿に触発された僕も、ぞろりと姿を見せたアンデッドたちに肘うちと回し蹴りを続けて放った。
「早瀬、援護のスキルを頼む」
「えーっと、ここは土がないからパペットは使えないんだけど」
右往左往する早瀬に激を飛ばすも、早瀬はパニックになっているのか、鈴木さんの周りをうろうろしているだけだった。
「岡本、アンデッドが相手だときりがない。なんとか詠唱時間を稼いで一気に攻めよう」
宙返りで着地を決めた神崎が、僕の背に背を合わせて指示を出してきた。どうやらアンデッドたちは土属性のようで、相性が近い水属性の神崎ではなかなかダメージを与えられないみたいだった。
「わかった。なんとかするよ」
詠唱の為に戦前から離脱した神崎に声をかけ、僕は早瀬を引き連れてアンデッドの輪の中に戻った。
「早瀬、何でもいいから足止めになるスキルはない?」
「何でもいいったって、こいつらは土属性だからパワー勝負になったら勝てないよ?」
「そこは大丈夫。神崎の詠唱時間を稼ぐ間は、僕が必ず神崎と早瀬を守るから、足止めになるスキルを頼むよ」
早瀬を説得しながら、迫ってくるアンデッドたちを追い払う。早瀬は一瞬呆けた顔をしたけど、すぐに真顔に戻って小さく頷き詠唱を始めた。
早瀬がスキルの詠唱を始めると、僕らの周りに土でできた壁ができ始めた。
「パワー勝負になるから全部は防げない。だから後はよろしく」
早瀬の泣き言に軽く頷きながら、僕は壁を破ってくるアンデッドたちを次々に沈めていった。さすがにさっきみたいに四方から攻められることはなくなったから、僕はもぐら叩きをするみたいに顔を出したアンデッドたちに拳を浴びせていった。
「岡本、準備して!」
疲れの見え始めた早瀬が気がかりになり始めたところで、神崎からの待望の合図が届いた。
「早瀬、よく頑張ったな。後は僕に任せて」
早瀬に労いの言葉を送りつつ、ネックレスを取り出して属性を解放させる。同時に神崎から放たれた淡白い光に包まれた僕は、手にした剣をアンデッドめがけて振り下ろした。
限界を迎えた早瀬に呼応するように、土の壁が消えていく。けど、振り下ろした僕の一撃で、背後にいたアンデッドたちの大半が霧になって消えていった。
――よし、やれる!
手応えを感じた僕は、更に炎属性と風属性を同時に解放し、爆風のスキルをアンデッドたちに浴びせていく。炎の風に包まれたアンデッドたちは、奇妙な声を上げながら灰になっていき、やがて巨漢のアンデッドだけが目の前に残った。
「とどめだ」
光の属性に再び戻った僕は、剣に光属性を集中させた。やがて眩い光を剣が放ち始めたところで、一気に間合いを詰めて巨漢のアンデッドの頭上から剣を振り下ろした。
一瞬の間にアンデッドの体を真っ二つにすると、巨漢の巨漢のアンデッドは声を上げることなく光に包まれて霧となっていった。
「お見事ですね」
勝利の余韻に浸りながらアンデッドの殲滅を確認していると、鈴木さんが手を叩きながらパイプの陰から姿を現してきた。
鈴木さんは引率だけだから、基本的に戦闘には参加しない。けど、何かあった時には加わるつもりだったみたいで、一瞬だけ鈴木さんの瞳が白銀に輝いていたのが見えた。
「岡本、お疲れさま。属性反転のタイミングも合うようになってきたね」
疲れが見える顔に笑みを浮かべながら、神崎が近づいてきた。前にも感じたけど、属性反転の詠唱は長い時間を要するから、神崎にとっては負担が大きいのかもしれない。でも、それを口に出さないところが神崎の人柄だと思えた。
「ふみちゃん、ちょっといい?」
笑みを浮かべていた神崎だったけど、一瞬で真顔に戻るなりきつい口調で早瀬を呼び寄せた。
「今のバトルは、本当は必要なかった。けど、こうなった理由はわかってるよね?」
「ちょっと待って。神崎の気持ちはわかるけどさ、早瀬も頑張ったんだからきつくあたるのはやめてよ」
神崎が早瀬を呼び寄せた理由はすぐにわかった。アンデッドとのバトルは、早瀬の軽率な行動がきっかけだった。それを神崎は咎めようとしていた。
「ごめんなさい」
神崎に冷たく睨まれ、早瀬が小さな肩を落とす。とはいえ、早瀬も僕らのために体をはってくれた。同属性の戦いはパワー勝負だから、早瀬の疲れきった顔を見る限り、早瀬も全力で戦っていたのは間違いなかった。
「いい、岡本。ダンジョンではちょっとしたミスも命とりになるの。敵にさとられないようにしているに、悲鳴を上げるなんて論外なんだけど」
冷たく睨んでくる神崎の瞳から、強い意志が伝わってくる。神崎は、僕と違ってダンジョンを戦い抜いてきた一人だ。その経験の裏には、想像できない苦労もあったはず。だから神崎は、軽率な行動が命とりになることを伝えようとしているんだろう。
見とれてしまいそうな強気な顔に、心が圧されてしまいそうになるのを耐えながら、あえて僕は早瀬の前に立った。
「確かに、神崎の言いたいことはわかるよ。けど、早瀬は早瀬なりに頑張ったのも事実だよね? おかげで詠唱の時間も稼げたわけだから、あまり悪く言わないでやってよ」
気後れしそうになりながらも、僕は早瀬をかばうことにした。そうすることで神崎が怒る可能性があったけど、でも、だからといって一方的に早瀬が責められるのはかわいそうだった。
僕が早瀬をかばったことに、神崎は僅かに目を泳がせていた。怒るというよりも、信じられないといった感じで動揺しているようにも見えた。
「わかった。もういい」
一度目を閉じた神崎が、小さくため息をつきながらかすれ声で呟く。不意に向けた背中からは、わかっていないことははっきりと伝わってきた。
ようやく始めたダンジョン攻略。けど、その道のりの最初の一歩は、いきなり不穏な空気に包まれることになった。




