2-2 鈴木さんとユウジ・キムラ
世界中に点在するダンジョンへ向かう方法には、二つのルートが存在する。一つは、ダンジョン管理局に管理されていないフリーのダンジョンに向かう方法で、このケースでは自分の足で探して回る必要がある。世界には、いくつものダンジョンが発生しては消えていくため、まだ手付かずのダンジョンも多く存在している。そうしたダンジョンだけを狙って旅をしているパーティーもいて、一年中世界を放浪するのも珍しくない話だった。
もう一つの方法が、ダンジョン管理局に申請してダンジョンに向かう方法だ。今回僕らが取った方法がこの方法で、ダンジョン管理局内に管理されているマーキングを利用してダンジョンを目指すことになった。
「やば、雰囲気めっちゃあるやん」
マーキングによる移送が終わると、目の前に石造の巨大なドームが姿を現していた。
「てか、雪原にあるなんて聞いてないんだけど」
セーラー服の上に民族衣装のようなポンチョを身につけた早瀬が、ダンゴムシのように縮こまりながら小さく悲鳴を上げる。それを見た神崎が、赤いフード付きのポンチョを翻して小さく笑った。
「ふみちゃん、属性装備間違えたみたいだね」
神崎の言葉に、早瀬が震えながら神崎のポンチョに入っていく。見た感じ、早瀬が着ているポンチョは風属性に耐性のある装備だろう。ひまわりのアクセサリーがついた髪止めは、土属性を強化するアイテムのようだ。
対する神崎は、氷属性に耐性がある火属性のポンチョを身につけていた。聞けば、ファニーゴーストのダンジョンが雪原の中にあることを調べたらしく、寒さ対策も兼ね備えてとのことだった。腕に着けた水色のリングが水属性を強化させるアイテムみたいで、神崎も防御重視ではなく攻撃特化型のスタイルで行くつもりらしい。
その点では僕も同じだった。開襟シャツの上に炎属性のあるベストをつけているから、寒さを感じることはない。属性強化型のアイテムは何があるかわからないため身につけていないけど、代わりに鈴木さんからもらった物理攻撃を強化する黒の皮手袋をつけていた。
一方、引率としてついてきた鈴木さんはというと、猛吹雪の中でも相変わらずの白のワイシャツに黒いアームカバー、ベージュのスラックスと、何属性に耐性があってどの属性を強化しているかは謎だった。
「とりあえず、受付を終わらせようか」
半分氷漬けになった早瀬を不憫に思いつつ、ドームの中に入る。このドームがダンジョン管理局のコロニーであり、ここで受付した者だけが先に進むことができるようになっていた。
「あら、鈴木さんじゃない!」
ドームの中はちょっとしたペンションみたいになっていて、有料だけどここで寝泊まりすることもできる。受付には鈴木さんと変わらない年齢のおばさんが笑顔を浮かべていて、僕らの登場に目を細めていた。
「またダンジョンプレイヤーに戻ったの?」
「いえ、今回は生徒の引率ですよ」
僕の手続きをサポートしながら、鈴木さんがにこやかに答える。どうやら二人は顔見知りらしく、二人の間でいつの間にか思い出話が始まっていた。
「鈴木さん、昔はどんなダンジョンプレイヤーだったんですか?」
手続きが終わり、喫茶店のようなカウンターにコーヒーを飲みに行った鈴木さんを見送りながら、それとなく受付のおばさんに聞いてみた。
「そっか、君たち若い子は知らなくて当然か。だったら、特別に教えてあげる」
なんだか含みのある笑みを浮かべたおばさんは、昔の鈴木さんのことを語りだした。
鈴木さんも、ユウジ・キムラと同じく世界を相手にダンジョンを攻略するダンジョンプレイヤーだった。しかも、そのランクはユウジ・キムラに並ぶと言われる程の実力者だったという。
「でもね、世界ランクの称号を得るには世界大会に出ないといけないわけ。でも、鈴木さんは一度も世界大会に出ることはなかったの」
「一度もですか?」
「そう。だって、鈴木さんが日本代表の座を得るには、決勝でキムラ君に勝つ必要があったわけ。でも、鈴木さんは一度もキムラ君には勝てなかった。おかげで、鈴木さんは世界ランクの実力者でありながら、生涯無名のダンジョンプレイヤーで終わった人なの」
そう語りながら、おばさんの目に寂しげな光が灯りだした。もし、ユウジ・キムラと同世代に生まれていなければ、鈴木さんが世界の頂点に立っていたかもしれない。もし、ユウジ・キムラという最強のダンジョンプレイヤーが日本人でなかったら、鈴木さんは日本代表として世界大会で頂点争いをユウジ・キムラとしていただろう。
そう考えると、予選で必ず戦わなければならないというのは、ある意味鈴木さんにとっては残酷な運命だったのかもしれない。
「今は引退して後継者の育成をサポートしてるって聞いてたけど、まさか高校生の引率をしているなんてびっくりだわ」
おばさんは言いながら、「ごめんなさいね」と頭を下げた。僕らのことを下に見ているわけではなく、鈴木さんが凄い人だからプロのダンジョンプレイヤーを相手にサポートしていると思っていたとのことだった。
おばさんに頭を下げ、談笑している三人のもとに戻ると、さりげなく鈴木さんの様子を伺ってみた。
――ユウジ・キムラと肩を並べるとは思えないんだけどな
分厚い眼鏡を曇らせながらコーヒーを飲む姿は、鈴木さんには悪いけどどこにでもいる冴えないオッサンにしか見えなかった。
「どうかしましたか?」
コーヒーに手をつけないでいる僕を不審に思ったのか、鈴木さんが困ったように目を細めた。
「鈴木さん、現役時代にユウジ・キムラと戦って勝てるかもと思ったことはないんですか?」
ふっと沸いた疑問をそれとなく聞いてみる。世界最強のユウジ・キムラに何度も挑んだ鈴木さんが、その時に何を考えていたのか興味が出てきた。
「ありませんね」
にこやかな笑みはそのままだけど、鈴木さんははっきりと言いきった。
「一度もですか?」
「はい、ありません。なぜなら、キムラは世界最強ですからね」
全く似合わないウィンクをしてきた鈴木さんに、僕はコーヒーをむせそうになった。真面目に答えているのか茶化しているのかはわからなかったけど、鈴木さんがユウジ・キムラを特別視していることはなんとなくわかったような気がした。




