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「おはようございます」
「田島さん。昨日のイケメンとはどういう関係?」
「彼、紹介してくれない?」
「ちょっと、抜け駆けしないでよ」
女性社員たちは小競り合いをしている。
そうだ。
昨日尾白さんに迎えに来てもらったのだった。そりゃあこうなるか。
「いや、ちょっと……」
「何? 田島さんとは付き合ってないって言ってたわよ」
そう。付き合っていない。
私に彼女たちを尾白さんと会わせないようにする大義名分はないのである。
――私と尾白さんはどんな関係でもない。でも、彼女たちの中に尾白さんと付き合う人がいるかもなんて、考えたくない。
やはり、伝えなくては。伝えた結果、二度と会えなくなったとしても。誰かに取られるくらいなら。
今までの片思いのようにはしたくない。いつの間にか終わっていた恋にはしたくないのだ。
「では、尾白さんに聞いてみますね」
「頼んだわよ」
獲物を狙う肉食動物のごとき視線が幾重にも重なる。
――今日、告白をしよう。
それで、この関係に名前をつけよう。もしだめだったとしても、そのときはそのときだ。
〈今日、お時間ありますか?〉
尾白さんを以前入ったカフェに呼び出した。
心臓がうるさい。
かつてないほどに緊張している。
「田島さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です」
口から飛び出るのではないかというほどに鼓動している。
尾白さんの頼んだコーヒーがカランと音を立てた。
「今日はどうされたのですか?」
尾白さんの柔らかい声に決心が鈍る。もう、聞けなくなるかも知れない。でも。
「職場の先輩が尾白さんのことを紹介してくれと……」
「お断りしてください」
ズバッと返される言葉に、これからの自分を見るようで指先が冷える。
「今日はこのために?」
寂しそうな瞳がこちらを覗く。
「いえ、あの……」
深呼吸をして切り出す。
「尾白さん、私の血を飲んでくれませんか!」
尾白さんが息をのんだ。
「田島さん、それは――」
「意味、ちゃんとわかってて言ってます」
手が震える。沈黙が痛い。
そっと、尾白さんの手が私の震える手を包んだ。
「あなたの血を、私にくださるんですか?」
聞いたことのないくらい、優しい声。
「はい……飲んでくれますか?」
「もちろんです。私とお付き合いしてください」
尾白さんの言葉にほっとして、そしてそれが現実であるというように、全身に血が巡りだした。
「よかったぁ」
「ありがとうございます。田島さんが同じ気持ちでいてくれたなんて、夢のようです」
尾白さんの手も、少し震えていた。
「ずっと、あなたのことが好きでした。初めて会ったあの夜から」
耳が熱い。頬も熱い。いや、全身が熱い気がする。
「ずっと?」
「えぇ、ずっと。藤岡さんと付き合うのではないかとヒヤヒヤしていました」
告白してくれたのが藤岡さんだって、気づいていたのか。
「だから嬉しいです。念願叶いました」
綺麗な顔を綻ばせる。
あまりに綺麗に笑うので、店のお客さんの視線が集まるけれど、いつもほど痛くはなかった。どうやら浮かれているらしい。
「人生で今がピークなんじゃないかってくらい幸せです」
「これから幸せを更新していきましょう」
尾白さんは慈愛に満ちた目でこちらを覗く。
「暗くなる前に帰りましょうか」
二人連れ添って店を出る。
来たときとはまるで違い、幸福感に満ちていた。
「尾白さん」
田島さんが私を見上げる。
それだけの仕草が可愛い。
「はい、なんでしょう?」
「血、飲んでくれませんか? 今日はとことん幸せのうちに眠りたいというか……」
小さな頬を染めながら言われてしまうと、断れないというものだ。断る理由もない。強いて言えば、手を出さずにいられるかということだ。吸血したあとの彼女は記憶をなくしてしまうから。そんな状態の田島さんに手を出すことなどできない。
「では、田島さんの家にお邪魔しても? すぐに眠れるように」
「はい! ありがとうございます」
幸せそうに微笑む田島さんを見ていると、どうしようもなく庇護欲がかき立てられる。彼女を守らなければ。今度こそ何者にも傷つけられないように、と。それが私自身であっても。
「すみません、散らかってますけど」
「お邪魔します」
彼女らしい、温かみのある部屋だ。安心感を覚える。
「あの……」
隣同士に座ったソファで、田島さんはそわそわと落ち着かない様子である。
「こういった場合はどこから吸うものなんでしょうか……!」
真っ赤になっている姿が愛おしい。
「恋人同士なら首筋からですが――」
「……!」
びくりと田島さんの体が震えた。
わかりやすくて可愛いが、あまりいじめてはいけないと自重する。
「私たちは今日恋人になったばかりなので、今日のところは手首から頂戴しますね」
「はい……!」
こくこくと頷く。
「では……」
手島さんの白い手首をちろりと舐める。
「ん……」
漏れる声がどこか扇情的で、自制するのに精神力を要した。
田島さん血は甘い。初めて飲んだときにも思ったが、雑味が一切ない。薬の味ももちろんしない。彼女自身がそうであるように、とても優しい味がする。
「私の血、美味しいですか?」
「はい、とても」
吸血する際は、夢中になってはいけない。パートナーの様子を絶えず確認しながら摂取しなければならないからだ。
「なら、よかったです」
ふわりと花のように微笑む。
「気分はいかがですか?」
「とてもきもちいいです」
ふわふわし出したのがわかる。ここまでだ。
「ありがとうございました。とてもおいしかったです」
「ふふっ。おじろさんがうちにいるのうれしい」
かなり酔ってるな。
「ほら、ベッドに行きましょう」
「はぁい」
いつにも増して素直で可愛い。
ぽふっ、と田島さんが横たわる。
「では、私は帰りますね」
くいっと服の裾を引っ張られる。
「かえらないでください」
「……! はぁぁ」
頭を抱えてしまう。
可愛すぎる。
そして破壊力がありすぎる。
「私の忍耐力を試しているのですか」
「? だめですか?」
だめじゃないから困る。
「では添い寝しますが、明日の朝びっくりしても知りませんからね」
「いっしょにねてくれるの? うれしい」
危機感がまるでなく、友達が家に泊まりに来たときの子どものように、あまりに無邪気に笑うものだから。こちらの邪な気持ちも幾分か収まった。
「隣、失礼しますね」
田島さんの体温が移る。理性を総動員しなければならない状況ではあるが、こんな状況ですら愛おしいと思う。




