7
「あぁ会いたい……声が聞きたい……」
数日田島さんに会えていないだけで渇望してしまう。
メッセージでやりとりはしているものの、全く田島さんが足りない。
今日こそは会えるといいけれど。
「おはようございます」
「尾白さん、おはようございます」
開館準備を進める。
利用者さんが続々と入館される。
「ねぇ、連絡先教えてくれません?」
以前声を掛けてきた女性が再びやって来た。
「お教えできかねます」
「じゃあ図書館の外で会ったら教えてくださる?」
「外だろうがお教えすることはできかねます」
「そう……あの女性には教えていたのに?」
女性の言葉に心臓がドキリと跳ねる。
「……彼女に近づかないでください」
「連絡先を教えてくれたら、ね」
「……わかりました」
手元のメモ帳に番号を書き殴る。
「ありがとう」
女性は悪魔のように微笑んで去って行った。
「尾白さん、大丈夫ですか? 今の、脅しじゃないですか」
脅しだし、ストーキングもされている。田島さんが心配だ。あの女に何かされないか。事情を説明しなければ。
その日の仕事は手につかなかった。
〈田島さん、今日お時間いただけませんか〉
仕事終わり、田島さんに連絡を入れる。
〈はい、大丈夫です〉
〈では、お仕事終わりに△△カフェに来てもらえますか〉
〈わかりました〉
久々に会えるというのに、気分が沈んで仕方がない。
カフェで待っていると、田島さんが現れた。
「お待たせしました」
「いえ……」
「今日はどうされたんですか?」
「ドリンクが来てから話しましょう」
田島さんは何がないやらわからないといった顔でちょこんと座っている。
田島さんの前にドリンクが置かれ、一口飲んだところで切り出す。
「実は、ストーキングされていまして」
「え! 大丈夫なんですか?」
「私はなんともないんです。ただ、田島さんの身に危険があるかも知れません」
「どうして私?」
「私と一緒にいるところを見られてしまったようで、逆上した相手が何をするかわからないんです。だから……しばらく会うことはできません」
田島さんの大きな瞳がさらに見開かれる。
「警察に相談して、安全が確認できるまで会うのは控えましょう」
「……です」
「え?」
「嫌です。尾白さんと会えなくなるの、嫌です。私なら大丈夫です」
そんな場合ではないのに、田島さんの言葉に胸が高鳴ってしまう。
「そういっていただけるのは嬉しいのですが、心配なのです。心配してもし足りないくらいに。どうか、聞き分けてください」
「……わかりました。わがまま言ってごめんなさい。尾白さんは大丈夫なんですか?」
「私は大丈夫です」
「本当に、大丈夫なんですか? 尾白さんが心配してくれるように、私だって心配なんですからね」
その言葉で胸がいっぱいになる。
「心配してくれてありがとうございます。警察にも相談しますし、相手を刺激しなければ大丈夫だと思います」
「そうですか……連絡はこれまで通り取ってもいいですか?」
「はい。それはこちらからお願いするつもりでしたので」
よかった、と微笑む田島さんの笑顔に心臓が跳ねる。やはり、田島さんには笑っていて欲しい。ストーカー問題など、いち早く解決せねば。
早速警察署へ相談に向かった。
ストーカーされていること、知人に危害が加わるかも知れないと脅されていることを伝える。
「実際に被害に遭われましたか?」
「いえ、現段階では何も」
「では、パトロールを強化しますね」
やはりこの程度だよな。
「お願いします」
これで大人しくしてくれればよいのだが。
帰宅中、背後が気になって仕方がない。もしや今もつけられているのではないか。疑心暗鬼になってしまう。
「地味にメンタルに来るな、これ」
足早に帰路につく。
〈田島さん、無事に家に着きましたか?〉
この連絡が日課になった。
返信が来るまでは気が気ではない。
――今日は残業なのだろうか。
いつも返信のある時間をとっくに過ぎている。
きっと大丈夫なはずだ。残業でスマホを見ていないだけだ。そう思いたいが、もしやが邪魔をする。
何もなければそれでいい。帰宅路を確認しに行こう。
家を飛び出し走る。いつも落ち合う場所にはいない。まさか分かれ道以降で……? 初めて会った日に住所は聞いている。念のため確認しに行こう。
記憶を頼りに歩いていると、田島さんらしき背中が見えた。よかった、無事だ。そう胸をなで下ろしていると、マンションからあの女が出てくるではないか。
ひやりとした直後、走る。
――間に合わない……!
「きゃーーーっ!」
「田島さん!」
住宅街に田島さんの声が響く。
そしてあのときと同じ、血の匂い。
女はこちらをちらりと見て、逃走した。
「田島さん! どこを刺されました!?」
「お、なか」
腹部から大量に血が出ている。これは唾液では間に合わない。
「今、救急車を呼びましたから。大丈夫、大丈夫ですからね」
田島さんの腹部を押さえて止血を試みる。温かい血がどくどくと流れ出てくる。
「さ、むい」
「田島さん、大丈夫。すぐに救急車が来ますからね。もう少しですからね」
早く。早く来い。
救急車のサイレンが聞こえてきた。時間にして数分だったが、何倍もの時間に思えた。
救急搬送中、隣で祈ることしかできない己が憎かった。
病院に着き、すぐに手術が始まる。
手術中のランプの下、落ち着かなくて座っていられない。
私のせいだ。私が田島さんを好きになってしまったから……。
田島さん……。
ドアの前でただ無事を祈る。
永遠にも思えるほどの時間が流れる。
ランプが消えてドアが開く。
「田島さん!」
「幸い、命に別状はありません」
先生の言葉に安心してしゃがみ込む。
「警察には病院の方から連絡を入れて起きましたので」
「ありがとうございます。あの、彼女に会えますか?」
「まだしばらく目を覚ましませんが、会えますよ」
目を閉じた田島さんの白い顔を見ていると不安がかき立てられる。
早く目を開けて。いつものように私を見て欲しい。
「田島さん……」
一晩、田島さんは目を覚まさなかった。その間、警察の事情聴取があり犯人の女の連絡先を提出した。
仕事を休み、その足で病院へ向かう。
「尾白さん」
「田島さん……!」
目を覚ました田島さんの手を握る。
「よかった……体は痛みませんか?」
「お腹が痛いですけど、平気です」
「申し訳ありません。全て私の責任です。あなたを守り切れなかった……」
「何言ってるんですか。助けに来てくれたじゃないですか。間に合ったじゃないですか。助けてくれてありがとうございました」
「あなたの体に傷を作ってしまった……許されることではありません」
「悪いのは刺した人であって、尾白さんではないでしょう? これ以上自分を責めたら私が許しませんよ?」
田島さんの手を握ると、田島さんもぎゅっと握り返した。
「もう会わないなんて、言わないでくださいね」
「言いません。見えないところであなたが傷つくのは、もうごめんです」
会わないといったのは間違いだった。そばにいるべきだった。
もう、間違わない。
夕方まで田島さんの横で他愛もない話をした。ここ最近で最も平和な時間だった。
「田島!」
病室のドアがガラと開くと、端正な顔の男性が飛び込んできた。
「藤岡さん」
「刺されたって聞いて……大丈夫なのか? あと、こちらの方は?」
「え、と」
田島さんの目が泳いでいる。
なるほど。この男性が私の恋敵というわけか。
「私は田島さんと懇意にさせてもらっています、尾白雪加と申します」
藤岡と呼ばれた男性の方も、何かを納得した顔で営業スマイルを浮かべる。
「どうも。田島の同僚の藤岡翔太です」
握手をするが、力一杯握られるものだからこちらも握り返す。
「それで、なんで刺されたわけ。恨み買うタイプじゃないだろう?」
「それは私の……」
「尾白さん! だから尾白さんのせいでは――」
「あなたが原因なんですか? そんな危険な交友関係の方と田島は一緒にいるべきじゃない」
「藤岡さん!」
「田島、危ない目に遭って欲しくないだけなんだ。わかるだろう?」
「もう二度と、このようなことは起こりません。私がそばにいると誓うので」
「あなたがそばにいるから危ないんでしょう?」
「厳密にはそばを離れたからこのような事態に」
「言っている意味がわかりません」
「藤岡さん、私なら大丈夫です。尾白さんとも話しましたが、本当に平気なんです。だからこれ以上は」
田島さんの言葉で藤岡さんは深呼吸を一つした。
「わかった。これ以上は何も言わない。でも、二度目はない」
「わかっています。私が何事からも守ります」
「いちいち鼻につく人だな」
藤岡さんは気に入らないといった顔をした。
わかる。私も気に入らない。田島さんを呼び捨てなのも、馴れ馴れしいのも。
……コンコン。
「失礼します。本日の面会時間はこれまでになります」
看護師さんに退室を促され、藤岡さんとともに病室をあとにする。
「尾白さん。田島のこと、本気なんですか?」
「もちろんです。そちらこそ」
「本気ですよ。俺はこんな危険な目に遭わせません」
それを言われると弱い。だが、弱気では田島さんに叱られてしまう。
「二度とないと誓います」
藤岡さんはこちらを一瞥すると去って行った。
あれが恋敵。田島さんはまだ告白を保留にしているのだろうか。場合によってはもう二度と手の届かない存在になってしまう。
今のうちに、田島さんを振り向かせなければならない。あの二人がくっついてしまう前に。




